ケース3:涙の卒業式

 

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 私、彼ができたの。自分で言うのもなんだけど、いい人よ。同じ病院の外科のお医者さん。優しい人だし、将来性も十分でしょ。運命的な出会いを感じるの。何としても彼とはうまくやっていきたいの。でも、私ってこんな性格でしょ。暗い女と思われるんじゃないかと思って、それが心配。だから今日、親友のあなたに、話を聞いてもらいたいの。でも、のろけ話じゃないのよ。

私って、もともと明るい性格だったのよ。学校の成績も良くて、中学でも高校でも、自分で言うのもなんだけど、模範的な生徒だったの。でも、ある事件がきっかけになって、その後それがトラウマになって、どうしても心から明るく振舞えなくなってしまったの。その事件については、これまで誰にも話さなかった。私の心の中だけの秘密だったの。でも、最近多分それではいけないと思うようになったの。誰かに話してしまえば、心が軽くなって、その過去の事件から、そのトラウマから解放されるような気がするようになったの。本当に恥ずかしくって、今まで誰にも言えなかった話なんだけど、聞いてくれる?

 

私、K市の看護学校の出身だって、あなたも知ってるわよね。私、卒業するとき、実は首席だったのよ。それで卒業式のとき、答辞を読むことになっていたの。卒業式の日の朝は、ずいぶん早起きして、近所の美容院に特別に頼んで朝早くから髪をアップにしてもらって、その後、着付けの先生をやってる叔母さん家に来てもらって振袖を着せてもらって・・・えっ、あなたの出た看護学校の卒業式は白衣だったの。それも良いわね。きっと身が引き締まったでしょう。でも、私の学校は、服装は自由。その日はほとんど皆が振袖か袴姿だった。数人はスーツを着てきたけれど。

卒業式は十時半から、集合時間は十時だった。でも、美容院や、着付けで遅くなって、あわてて家を出たのが十時十五分前。家を出るときは、とっても急いでいて、お手洗いに行く暇もないくらい。お父さんに車で送ってもらったんだけど、学校に着いたら十時五分過ぎだった。私には珍しい遅刻ね。玄関のところで、クラスの受け持ちの先生が待っていて、

「堀内さん、遅いじゃないの。答辞の原稿は忘れてないわよね。打ち合わせがあるからすぐに体育館に行ってちょうだい。」

って言われた。本当はそのときにお手洗いに行っておきたかったんだけど、自分が遅刻したこともあって、それができなかった。

体育館には、紅白の幕が張ってあり、椅子が並んでいた。でも、体育館には暖房がないのよ。冷え冷えとしていた。後ろの方の、父兄の席の人たちは、コートを着たまま座っていたわ。式の進行を担当する先生から、座る位置や、式次第、答辞を読む場所などの指示があって、気がつけば十時半。お手洗いに行っておかなければと思ったとたん、同級生たちが入場してきてしまったの。

式が始まり、私は一番前の席に座らされた。八十人の卒業生が名前を呼ばれ、順番に卒業証書を受け取りに前に出るんだけど、私は、もう、お手洗いのことが気にかかって、気が気じゃなかった。気分が悪くなったって言う理由で退席しようかと思ったけれど、式の最後に答辞を読まなければいけないでしょ。だから、それもできない。自分の名前が呼ばれて証書を取りに行くときも、思わず前かがみで、内股になったけれど、振袖を着ているからだって、皆不思議に思わなかったみたい。席に戻ったときに、思わず前を押さえてしまった。

長い長い式が終わりに近づいて、いよいよ私が答辞を読む番。前に進み出るときに、もう漏れる寸前。一生懸命読むことに集中しようとするんだけど、とにかく、下半身のことが気になって、声はかすれるし、何度も詰まってしまった。でも、皆は、それが緊張と感激のせいだと思ったって。

最後に、「蛍の光」を歌い。やっと式は終わった。私は同級生を追い越して、振袖を着ているけれど、それなりの全速力で一番近いお手洗いへと走った。駆け込んだとたんに、大きな衝撃を受けた。もう既に、七、八人の列ができていたの。皆同じだったのね。寒い中で、スースーする着物姿で待たされて、誰もがお手洗いを我慢していたわけね。でも、とても七、八人の順番は待てそうになかった。もう、おしっこの出るところが痛いって感じ。私は仕方なく、前を押さえながら、もうひとつのお手洗いへと向った。でも、そこも同じ。もう四、五人の行列ができていた。しかも皆慣れない着物姿でしょ。用を足すのに普段の何倍の時間がかかることは予想ができたわ。

そのとき、普段から世話好きの敏江が、着物姿で待っている人たちに変なサービスを始めたの。振袖って袖が長いので、着物の裾を持ち上げようとして中腰になると、袖がお手洗いの床に触わっちゃうでしょ。あなたも経験があると思うけど、特に、中に履いているパンティーを下ろすのが大変なのよ。スーツ姿の敏江は、振袖姿や袴姿で待っている同級生の、着物の裾をたくし上げ、中のパンティーを下ろすサービスをやっているわけ。

「敏江、私もお願い。」

って私は思わず叫んだ。敏江は手際よく、裾から手を差し込んで、下着の線がでないように、また腰が冷えないようにと、わざと選んだ、厚めで長い下着を下げてくれた。私は片方ずつ草履を脱いで、彼女が下着を足から抜き取ってくれるのを助けたの。彼女が脱がせてくれた下着は、袂に入れたわ。

そのとき、もうあと一分さえ待てないってことが分かったの。私は、お手洗いから走り出た。そのとき、既に最初の数滴のおしっこが漏れ始めて、廊下に滴りおちているのが分かったわ。お手洗いの向かい側は「実験室」だった。私はその部屋に入って行った。化学とか生物学の実験をする部屋で、四人分の机の真ん中には流しがついていて、壁際の戸棚にはいろいろな器具が並んでいたわ。

ドアを閉めると、袂を帯に挟んで、振袖も、長襦袢も、裾よけも皆一緒くたに、おへそのあたりまで持ち上げた。パンティーはさっき脱いでるから、そのときは下半身がおへその辺りまで丸出しになったわけね。そして足を大きく開いて、中腰になった。どうしてって、とにかく、着物や草履を汚しちゃいけないって、そればかり考えていたから。そのとたんに、おしっこが噴出した。パンティーをはいてないのが幸いして、おしっこはほとんど、水道の蛇口から出た水のように真下に落ち、足をつたって足袋と草履を汚すことはほとんどなかった。

気がつくと、足元に大きな水溜りが私の下にできていた。ヘアからはまだポタリポタリ、雫が落ちていたけど。そのとき、水溜りが、草履の下にも広がっていることに、気がつかなければならなかったのね。中腰の姿勢から立ち上がろうとして、足に力をいれたとたん、片方の草履が外側にすべったの。

「びちゃっ」

って音がして、私は丸出しお尻をしたたか水溜りの床にぶつけた。数秒間お尻が痛くて立ち上がれなくて、そのままの状態で呆然としていたと思うの。

そのとき、ガラって音がして、入り口の戸が開いた。敏江だったわ。彼女は苦しそうな顔をしてお手洗いを出て行った私を心配して探しにきてくれたのだと思う。彼女は私を見つめた。おへそが見えるくらい着物を持ち上げて、大またを開いて、ヘアだけでなく、恥ずかしい部分も丸見えにして、自分の漏らしたおしっこの中に呆然と座り込んでいる私を。

彼女は

「きゃあ、大変。」

って大声で叫んだ。それを聞きつけて、廊下にいる何人かがやってくる気配がした。

私は、必死の思い出で立ち上がった。そして、敏江を突き飛ばすようにして廊下に出た。そして私は廊下を玄関に向けて走った。着物の裾が乱れようと、前がはだけようと、構わず全力疾走をしたわ。玄関から校庭を横切って校門を出て、表通りに出て、タクシーを拾った。

そのまま家に帰って、気分が悪いと言って部屋に駆け込み、謝恩会やその他の行事にも出席しなかったの。振袖は結構汚れていたわ。私は父や母に対しては、道で転んだと言い訳した。その日が卒業式で、敏江や他の同級生にもう顔を合わさずにすむことを、そのときは幸いだったと思ったわ。

今思うと、敏江にはお礼を言いたい。きっと、あの後、私の漏らしたおしっこを片付けてくれたのは彼女だと思うから。でも、彼女に電話をかけることさえ、私にはできなかった。そのとき、恥ずかしいけど、もう一度同級生に会って、笑い話にしておけば、後になってこんなにシコリを残すことにならかったと思うの。

それから、社会に出て、何か楽しいことがあるたびに、何故か、下半身丸出し、大また開きで、おしっこの中に座り込んでいる自分の姿が浮かんできて、急に身体の力が抜けて、もうどうでもいいっていう気分になってしまうの。

 

汚い話でごめんね。でも、あなたに話してよかったわ。なんだかとてもすっきりした。え、お手洗いに行った後のようにすっきりしたかって?まあ、何て皮肉屋さんなの。でも平気、今日からこの事件が、私にとって笑い話になるような気になってきたわ。話を聞いてくれて、本当にありがとう。

 

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