ケース5:メロンの季節

 

「おしっこがしたい。」

私は、自分の通っている女子高のトイレに駆け込む。並んだドアを引っ張り、押す。開かない。使用中。次のドア、開かない。やっぱりそこも使用中。そしてその次、やっぱり開かない。もうだめ。私は、「間に合って」と祈るような気持ちでひとつ上の階のトイレに向う。でも、そこも全部使用中。更に、死ぬ思いで辿り着いたもうひとつ上の階のトイレも。

「もうだめ。」

私は泣きながら、洗面所の前で下着を下ろし始めた。

 夢。私は目を覚ました。強い尿意を感じているのは夢の中と同じだが、誰かが、寝ている私の布団の中に手を入れ、パジャマのズボンを下着ごと下げようとしている。思わず足を閉じるが、パンティとパジャマは既に膝の辺りにある。

男の息遣いがはっきりと聞こえてくる。若い男。誰だろう。男の背後にある曇りガラスの入った障子漉しに、外の光がわずかに入ってくる。そのガラス戸を背景に男の身体がシルエットになっている。でも誰だか判別するには暗すぎる。

しかし、それが誰であれ、このまま男の意のままになるわけにはいかない。私はゆっくりと、枕もとに置いた読みかけの本に手を伸ばす。男は、私のパジャマを下げるのに忙しく、それに気づいていないようだ。本に手が届いたとき、私は上半身を起こし、男の頭をその本で力いっぱい引っ叩いた。バシーンという乾いた音がした。命中。

「痛え。何しやがるんだ。」

と声。男の手が私の身体から離れた。

「出て行って。この痴漢。大声を出すわよ。」

私は叫ぶ。男は慌てて立ち上がり、庭と縁側に続く障子を開けると、庭を横切って逃げていった。

男の声には覚えがあった。それは同僚の黒木のものであった。

 

「痛え。何しやがるんだ。」

力いっぱい殴りやがって。ひどい目に遭った。チズの奴。昨夜一緒に飲んだとき、さんざん俺に気があるような台詞をぬかしやがって。いざコトに及ぼうとしたら、このざまだ。

しかし考えてみればみるほど生意気な女だ、渡辺智津子。しかし、あの小生意気さが男の欲情をそそるのも事実だが。

「これでも、日本では数少ない女性の商業パイロットなのよ。」

得意満面の顔にそう書いてある。たかが小型機の操縦士の資格があるだけのくせして。

「子供のころから、パイロットになることに憧れ、高校を出ると同時にアメリカに渡り、三年間向こうでパイロットの訓練を受けたの。」

偉そうに言いやがって。所詮、金持ち娘の道楽じゃねえか。その道楽に付き合わされているこっちは堪ったもんじゃねえ。気のあるようなことを言って、男をたぶらかすのも、道楽なのかよ。こっちだって、こんな島に一ヶ月以上隔離されて、けっこう溜まってるんだ。あいつだって、毎晩自分でオナッてるに違いない。それに協力してやろうとしただけなんだが。

覚えていろ、渡辺智津子。一度恥ずかしい目に遭わせてやる。実はこの前から、いい考えがあるんだ。明日の管制塔の担当は誰だ、宮崎か。どうせ、この空港、一日に三、四回しか飛行機は飛んでこないもんで、あいつも暇して一日遊んでるようなもんだ。一丁、あいつに協力させて、面白いものを見せてやるか。

 

今私は、M島にいる。同僚の黒木と一緒に。

私の入社した航空会社、西日本中央航空は定期便をもっていない。機材も小さいものばかり。普段は、会社の航空写真、測量、遊覧飛行、そんなものが主な仕事。

M島の特産はメロン。メロンは食べ頃より数日早く収穫して、フェリーとトラックで大都市に運ぶ。でも、その日の朝まで木についていたメロンって、特別に美味しく、貴重なものらしい。このM島のメロン生産組合は、毎年メロンの季節になると、二ヶ月間飛行機をチャーターして、その日の朝に収穫したメロンを、ジェット機の就航している本土のN市の空港に運ぶ。そのメロンは、その後ジェット機で東京や大阪に運ばれて、一個一万円以上の値段で買い取られ、その日のうちに高給料亭のデザートに供されるという話し。

そのために、会社から飛行機と一緒にM島に派遣されたのが、黒木と私。私は島のある農家の一間を借りて寝泊りしている。黒木、三十歳で既にバツイチ。入社早々はハンサムで親切な先輩だと思ったけど、数ヶ月で黒木の本性は分かった。女たらし。女なしでは生きていけないタイプの男。今は彼が正操縦士で、私は副操縦士。いやな奴だけど、一応上司は上司。できるだけフレンドリーに、立てなくてはいけないところは立てているつもり。

今日も、朝十時のフライトに備え、九時半に歩いてM島空港に着く。紺色のズボンに肩に副操縦士のマークのついた白いシャツ、それに警官がかぶっているような帽子の制服姿。

島のフェリー待合室よりもっと狭くて粗末な空港事務所の建物に入っていくと、いつもは私より遅い黒木がそこにいた。黒木は、昨夜のことがあったのに、気まずそうな表情さえしない。事務的と言うにはちょっと張り切った声で、、

「チズちゃん、ちょっと急いでくれよな。今日は出発予定がいつもより十五分早くなったんだ。今すぐ乗り込んで、出発前のチェックだ。」

そう言って、私の腕を取り、滑走路へのドアを開けた。私たちは、数十メートル先に止まっている飛行機に向う。私はやむなく彼に従い、飛行機に乗り込み、出発前のチェックを始めた。一通りの出発点検を終了しても、農業組合のトラックは来ない。

「チズちゃん、コーヒーを炒れてきたんだけど、飲むかい。」

珍しいこともあるもの。黒木が私にコーヒーを勧めるなんて。昨夜のことを少し反省して、これからは私の機嫌をとる作戦にでるのかしら。でも、カフェインは利尿作用があるから、トイレのない小型機には禁物。私が、

「もう、家で飲んできたの。結構よ。」

と断る。しかし、彼はもう魔法瓶からカップにコーヒーを注いでいた。

「もう入れちゃったよ、飲んでくれよ。」

と黒木は言う。仕方なく私は口をつける。美味しい。まるで喫茶店で飲むようなパーフェクトな味。本当に黒木が淹れたのかしら。

 

「ようし。」 

コーヒーを飲みやがったな。美味いだろう。そのはず。空港の前の喫茶店、「チャット」のマスターが入れたプロのコーヒーさ。ただ、今日はその上に、俺の特別ブレンドが加わってるがね。夕べから今朝にかけて、こちらはいろいろと考えて手を打ってきたんだ。これから面白いことがいろいろ起こるようにと。このコーヒーはこれから起こる楽しい出来事の、言わば引き金なのだ。

 

 組合のトラックが来たのは、結局十時十分前。何が今日は早めによ。これじゃあ、いつもと一緒じゃないの。

私と黒木は降りて飛行機の後方の荷物室のドアを開ける。次々と積み込まれるメロンの箱に、固定用の網とロープを掛けていく。積み込みは五分で終了。私たちは、管制塔の宮崎に出発準備完了を告げる。そして彼の指示に従い、飛行機のエンジンを始動し、最終点検を終えた後、滑走路の端まで機体をタクシングさせ、いつも通り離陸した。天気が良く、飛行機は青空に吸い込まれていくように上昇していく。

N市の空港までは、約一時間のフライト。窓の下には、キラキラと輝く海が広がり気持ちがいい。隣の黒木の態度はいつもと同じ。ずっと、つまらない冗談を言い続けている。

十一時少し前に、私たちはN市空港に降りた。決められた駐機場に停止すると、待ち構えていたように、「N航空貨物」と書かれたバンが機に横付けされる。黒木が荷物室のドアを開け、N航空貨物の社員がメロンの箱を、バンに移す。私は副操縦士席に座ったまま、その作業を見ていた。そのとき、既に私は尿意を感じていた。

荷物を降ろし終わった後、黒木が荷物室を点検し、一度機から降りた後、再び操縦席に乗り込んできた。出発である。N空港には、駐機料の関係で、あまり長くはいられない。いつも、荷物を降ろし終わるとすぐに出発なのだ。

帰りも、順調な飛行。ただ、尿意がだんだんと切迫したものになってきたことを除いては。私は、尿意を感じていることを、黒木に悟られまいと努力した。しかし、黒木はそれを見透かすように、ときどき、視線を私の股間にやっているように思える。

一時間後、私たちはM島の上空に着き、降下を開始する。着陸のためのチェック作業は始める。彼の呼びかけに応じる私の声は、尿意のせいで、すこしかすれている。

着陸許可を求めたとき、管制官の宮崎の声がこう言った、

「滑走路使用不能につき、上空待機してください。」

黒木が、無線でその理由を宮崎に問う。

「福島さんの豚小屋の戸が破れてとって、豚どもが滑走路で運動会をしとるとです。今、福島さんと奥さんが、豚どもを追い掛け回して、集めているところやけん、もうちょっと待っとってください。」

と宮崎が言った。

尿意はさらに逼迫したものになっていた。いつもなら、搭乗の前に用を済ませておくのだけど、今日は黒木に急かされて、トイレに行っている暇がなかった。また、勧められるままにコーヒーを飲んでしまった。それにしても、今日はおかしい。もう我慢の限界に近づいている。

 

「どうしたの。チズちゃん。気分でも悪いの。」

俺は聞いてやった。彼女は一瞬、言葉を飲んだ。

 

私は一瞬、言葉を飲んだ。

「いいえ、あの、ちょっと、さっきからずっとトイレに行きたくて。」

 

「じゃあ、上空で待っている間、荷物室でしてきたら。」

俺は言う。それとも、俺の目の前で、その白いシャツと紺色のズボンを着たままお漏らしをするかい。この場でズボンを下げて放尿ショーを見せてくれるのも悪くない。

 

背に腹は変えられない。この男の目の前で失態を演じるよりは、荷物室で用を足すほうがまだましだ。それに、ズボンとパンティを濡らさなくていいだけども。荷物室には、ひょっとしたら、掃除用のバケツくらい転がっているかもしれない。私は安全ベルトをはずして、操縦席と荷物室を隔てる小さなドアの取っ手に手をかけた。おかしい、開かない。取っ手は動くのだが、ドアはまるで釘で打ち付けられたように動かない。私は、昨夜の夢を思い出した。

「どうしたんだい。」

黒木が取っ手をガチャガチャやっている私に聞く。

「開かないの。」

「そんなことはない、そのドアは操縦席側からは開くはずだ。」

 

開くわけはないさ。向こう側からしっかりクサビを突っ込んであるのさ。

「でも、だめなの。」

チズの声がだんだん泣き声になってきたぞ。もうすぐ放尿ショーの始まりだ。

 

そのとき、宮崎からの着陸許可が入った。

「仕方がない、席に戻れよ。もう燃料もあまり無い。着陸だ。少しくらい我慢できるだろ。チズはアメリカの学校を出たレディなんだから。」

私は仕方なしに席に戻る。しかし、操縦は黒木に任せたまま。黒木の横でこんなかっこうをするのは死ぬほど辛いけど、背を丸めて両手で股間を押さえている。何度もブルブルと言う身震いが来る。もう、あそこが痛い。

 

いい眺めだ。飛行機の外も、飛行機の中も。若い娘が、首筋に汗を浮かべ、眉間にしわをよて、必死におしっこ我慢か。絶頂のときの顔に似ているな。こいつはそそられるぜ。

 

滑走路が目の前にだんだん近づいてきて、軽いショックとともに着陸。滑走路の端から、空港の建物に向おうとしたとき、宮崎の声が入った。

「NCA四五五便、そのまま待機。」

冗談じゃない。こんなところで待たされてたまるものですか。

尿意はもう一秒も我慢できない。私は安全ベルトを外し、操縦席のドアを開け、外に飛び降りた。そのとき、既に熱いものがパンティの中に染み込んだ。私は、下腹に力を入れ、両手を股間にあてがったまま、内股で空港の建物に向って走り出した。空港事務所は千メートルの滑走路の向こう、建物が陽炎で揺れている。私は、必死で走った。そのとき、管制塔からキラリと光る丸いものが見えた。双眼鏡。宮崎は私を双眼鏡で追っている。でも、今はそれどころじゃない。

空港事務所まで百メートル。そこで私は立ち止まった。両手を股間に当てたまま、青い空を仰いだ。最初は少しずつ、そしてそのうち猛烈な勢いでおしっこが噴出した。熱いものでパンティや制服のズボンが満たされるような感覚があり、ズボンの内側が濡れ始め、革靴の中に流れ込み、私の足元に水溜りが広がっていった。滑走路の真ん中で、両手を股に当て、空を仰ぎ、私は泣きながら放尿を続けた。

 

私が見た管制塔の光るレンズ。それは双眼鏡ではなかった。望遠レンズ付カメラだったのだ。数日後、黒木のよく行く食堂兼居酒屋の女将さんが夕方私を呼び止めた。この女将さんはM島の外から来た人らしく、珍しく標準語を喋る。

「チズさん、あなたの写真を、黒木さんと宮崎さんが島の若い衆に見せてたの。私はやめなさいって言って、その写真を取り上げたわ。いいかげんにしなさいって。これ、あなたの。」

女将さんは封筒に入った数枚の写真を渡してくれた。部屋に帰って、私はその写真を見た。私が空を仰いで泣きながら両手を股に押し当てているところだった。そして、足元の水溜りは、数枚の写真をめくるごとに大きくなっていた。野獣のような羞恥のうめき声を漏らしながら、私はその写真を手の中に握りつぶした。

 

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