ケース10:面接

 

fda

 

 「就職のために面接を受けに行き、面接官の前でお漏らしをしてしまった娘がいる。」

そんな話を私は女友達の裕子から耳に挟んだ。その手の話が大好きで、そんな話を集めては発表している私は、裕子に頼み込んで、その女性の名前と電話番号を教えてもらった。私は早速その女性に連絡を取り、少しの謝礼を支払うことと、実名を伏せるという条件で、彼女の話を聞くことができた。彼女は、若杉忍(仮名)二十三歳、小柄だが、エネルギッシュで、屈託のない娘さんであった。「恥ずかしい」と言いながらも、それほど恥ずかしがる様子もなく、時々微笑みながら、淡々と語ってくれた。彼女の楽天的な性格がなせる業だなと、私は思った。

 

**

 

 一年ほど前の話なのですが、当時のわたしは就職浪人でした。大学では文学部、中国文学をやっていました。けれど、大学は無名の私立大学だし、まじめに勉強もしなかったし、少しは就職活動もしたんですけど、結局どこの会社からも相手にされなくて、卒業と同時に「プー」になってしまったんです。父と母は故郷に戻って来いと言ってきましたが、それも嫌で、もう少し職探しをするっていうことで、そのままこの町に住むことにしました。

 

M駅前に炉端焼きのチェーン店があるでしょう。あそこで、アルバイトを始めました。夕方五時から夜十一時まで働いて、暮らしていくには十分なお金も貰えたし。それに、私ってこういう性格でしょ。お客さんを相手にする仕事、何ていうのかな、人との会話のある仕事って好きなんですよ。

 ともかく、そんな暮らしを続けながらも、まともな就職は諦めていなくて、休憩時間に、お店に置いてある新聞で、求人広告だけは、毎日結構熱心に見ていました。

 

去年の九月のある日、「中国物産貿易、福富商事、事務員募集」って広告が目に留まったのです。「中国語、英語の知識のある方」って言うのが何となく嬉しくて、ダメモトでやってみるかということで、履歴書を送りました。数日して、向こうの会社から女性の声で電話があり、翌日の午前十時に、面接のために会社に来てほしいとのことでした。

 

 翌朝、私は必死の思いで八時に起きました。アルバイトが夜だったので、ずっと三時ごろに寝て、昼の十一時ごろに起きる生活でしたから。その朝、早起きに慣れていないわたしは、ちょっと緊張していることもあって、どこか変な気分でした。

 

いつものように、起きてそのままシャワーを浴びました。わたしは、朝、シャワーを浴びながら、ついでにトイレも済ましちゃうって変な癖があるんです。その朝もシャワーを浴びながら立ったまま出してしまいました。黄色い水がシャワーと一緒に排水口に吸い込まれていくのを見て、毎日こんな行儀の悪いことをしていたら、いつかバチが当たるって一瞬思ったのです。だから、その日の出来事は、きっとそのバチだったのでしょうね。

 

いつも炉端焼きの店で働いているときには、ジーパンにTシャツ、サンダル履き、その上に店のハッピを着ているんです。だから当時はまともな格好をしたことがありませんでした。その朝は、別に誰に見せるわけでもないのに、とっておきの下着を身に着けて、何ヶ月ぶりかにパンストを履き、就職活動の時に買ったエンジ色のスーツを身につけました。リクルートスーツは皆、紺か黒でしょ。ちょっと違う色の方が、面接の際、印象が強いかなって思って、エンジ色にしたんです。数ヶ月間ジーパンしか履いていないところに、久しぶりのスカート。それも膝から少し上の丈、お尻がスースーして心もとない感じでした。それに、わたしは緊張するとおしっこが近くなる癖があるのでちょっと心配。アパートを出るときに、トイレに行って、搾り出すように用を足しました。念のために、ここ数ヶ月開いたこともない中国語の辞書も持っていくことにしました。

 

九時に家を出て、電車で福富商事にあるS市に出かけました。会社は駅から歩いて十分くらいでしたが、履き慣れないハイヒールで、駅から会社までの間に何度か転びかけ、おまけに踵に靴擦れを作って、痛くて仕方がありませんでした。

 

「福富商事ビル」は二階建てで、小さいながらも、思ったより立派なビルでした。これまで何度か貿易会社の面接を受けたことがありますが、名前は立派でも、たいていは汚い倉庫のような所でしたから。ガラス扉を押して中へ入りましたが、ビルの中も清潔で、好感が持てました。受付で、名前と面接に来た旨を、応対に出た五十歳くらいの黒いスーツを着た女性に告げました。

「若杉忍さんでいらっしゃいますね。はい、承っております。只今社長のところへご案内いたしますから、少々お待ち下さい。」

受付の女性は優しい声でそう言いました。その声に聞き覚えがあったので、その女性が前日お電話をかけてきた人だと言う事に気がつきました。でも、「社長のところへ」と言うのが、何となく気になりました。これまでの会社では、採用担当の人たち、人事課長か人事部長が面接をすることが多くて、いきなり社長とお会いするなんてことは一度もなかったからです。

 

その五十年配の優しい声の女性の案内で、わたしは二階の応接室に通されました。これにも少し驚きました。これまでの面接は、机と椅子が置いてあるだけの殺風景な会議室というパターンが多かったからです。わたしは、応接室で薄茶色の革張りのソファに腰掛けました。ソファはずいぶん柔らかでした。ハンドバッグと辞書は、ソファの上に置きました。

 

間もなく、社長が入って来ました。ロマンスグレーの髪のなかなか素敵なオジサマで、紺色に白いストライプの入ったダブルの背広という典型的な社長ファッション。誰でしたっけ、「釣りバカ日誌」で社長のスーさんをやっている俳優、その人に似ているなあと思いました。

「社長の福富です。」

と言いながら、握手を求めてこられたので、わたしも立ち上がり握手をした上で、お辞儀もしました。

「どうぞお座り下さい。」

と言われて、ソファに腰を下ろしましたが、お尻が沈み込んで、スカートの裾が十センチくらいずり上がったので、あわててスカートの裾を引っ張りました。そのとき、ドアがノックされて、先ほどの女性社員の方がお茶を持って入って来ました。

「うちで扱っている中国のお茶です。新陳代謝を高め、女性の美容に効果のあるお茶なんですよ。飲んでみてください。」

社長にそう薦められたので、わたしは一口いただきました。独特の味でしたが、あっさりして、美味しいと思いました。

 

社長との面接は、一時間半ほど続きました。社長は言葉遣いも丁寧で、とてもよい方のように思われました。最初、簡単な中国語と英語の文章を読まされて意味が分かるかって尋ねられました。わたしは、自分の分かる範囲で答えましたが、社長は満足しているようでした。

 

それから、雑談のような形での話が続いていたのですが、面接が始まって三十分ほど経ってから、わたしは、ちょっと無視できないくらいの尿意を感じるようになりました。

「しまった、面接の前にトイレを借りておけばよかった。」

と思ったのですが、後の祭です。緊張のせいか、尿意はだんだん強くなり、面接が始まってから一時間経った頃、耐え難いものになってきました。ところがちょうど福富社長が、創業時の経緯と創業精神を熱心に説明されているところで、とても「お手洗いに」と言い出せません。わたしは体中の力をおしっこの出る穴の周りの筋肉に集中させて耐えていました。私の下半身は小刻みに震え、止めることができません。

 

そのとき、応接室の電話が鳴りました。社長は、

「ちょっと失礼します。」

と言って部屋の隅にある電話に出られました。一瞬身体の力を抜いたわたしは、そのとき、少しだけですが漏らししまいました。下着の中が一瞬熱くなり、おっしっこがパンストを伝わって広がっていくのが分かりました。

 

社長の電話は一分もかからなくて、その後、面接は十分ほどで終了しました。そして、その間にも二度ほど、また少し漏らしてしまいました。部屋を出るとき、わたしは、スカートのお尻に染みができていないか心配で、お尻を社長に向けないように注意しながら、それでもできるだけ平静を装い、社長にお礼をいい、できるだけ丁寧にお辞儀をして、応接室から廊下に出ました。

 

廊下には誰もいませんでした。わたしは、片手でスカートの上からあそこをギュッと押さえ、転ばないようにもう一方の手で手すりにつかまりながら階段を降りました。

 

やっとのことで階下に降りたわたしは、受付で、先ほどの女性に、

「すみません。お手洗いをお借りしたいのですが。」

と聞きました。自分でも声がかすれているのが分かりました。トイレは廊下の突き当たりの右側だということでした。わたしがそちらへ向かってヨロヨロと歩き出そうとしたまさにそのとき、

「若杉さん。」

と言う声が私の後ろでしました。ビクッとして振り返ると福富社長が階段の踊り場に立っていました。驚いて立ちすくむわたしに向かって、ニコニコと笑顔を浮かべた社長は、

「辞書をお忘れになっていますよ。」

と言いなが、残りの階段を降り、こちらに向かって歩いて来て、わたしに辞書を手渡しました。おしっこのことで頭が一杯だったわたしは、辞書を応接室に置き忘れてきたのでした。わたしは恐縮しましたが、もう尿意が余りにも切迫していましたので、お礼もそこそこに、股を閉じたまま、トイレに向かって走り出そうとしました。そのときです。ハイヒールがよく磨き上げた床に滑りました。わたしはバランスを崩し、思わず、閉じていた股を大きく開いて足を踏ん張りました。

 

次の瞬間、ダムが決壊したように、大量のおしっこが溢れ出しました。おしっこは両足を伝わり流れ落ち、わたしは社長の目の前で、床に大きな水溜りを作ってしまったのでした。

「これは大変だ。大槻さん、ちょっと来てください。」

目を丸くした社長は例の中年の女性社員を呼びました。

「あの人は大槻さんという名前なんだ。」

わたしは、恥ずかしさで思考能力がなくなった頭でぼんやりと考えました。

「このお嬢さんをまずトイレにお連れして、それから、応接室にお通しして。それとタオルをお貸しして。応接室には誰も入れちゃいけない。それと、掃除の南さんに言って、『水がこぼれたから』って、ここをすぐに拭いてもらって。」

 

わたしは大槻さんに抱きかかえられるようにして、トイレに行きました。そこで彼女の指示に従って、個室の外でショーツとパンストとハイヒールを脱ぎました。彼女は濡れた下着を、嫌な顔ひとつしないで素手で私から受け取り、それを洗面所に置きました。その後、わたしは個室に入って、残っているおしっこを出し切ろうとしました。でも、もうほとんど出ませんでした。扉の上から大槻さんが差し入れてくれたタオルで、わたしはお尻や足を拭きました。濡れた靴は、大槻さんがトイレットペーパーできれいに拭いておいてくれていました。彼女はわたしの手を取って、私が靴を履くのを手伝ってくれました。

 

こんな一連の作業の後、大槻さんは、わたしをまた応接室に連れていきました。その際、受付の前を通りましたが、わたしの作った水溜りは既にきれいに片付けられていました。

「心配なさらないで。ちょっと待っていてくださいね。」

彼女はそう言って、わたしを残して応接室を出て行きました。わたしは、ショックから立ち直れませんでした。ソファに座りもせず、自分がノーパンである恥ずかしさも忘れて、ただぼんやりと立っていました。

 

二十分ほどして、ノックの音がして、

「私です。」

という声とともに大槻さんが入って来ました。彼女は、私に二つのスーパーの袋を渡してくれました。ひとつには新しい白い木綿の下着と、黒いパンストが入っていました。もうひとつには、私の濡れた下着が硬く絞られて入っていました。新しい下着は彼女がわざわざ買いに行ってくれたのでしょう。あの悪夢の瞬間の後、それまで無言だったわたしは、そのとき、初めてお詫びとお礼を言わなくてはいけないと気づきました。

「申し訳ありませんでした。」

わたしはそう言おうとしました。でも、口を開いたとたん、それは言葉にならず、わたしはそのまま泣きだしてしまったのでした。大槻さんは、わたしの肩を叩きながら、

「とんだ災難でしたね。でも、お気になさることはありませんよ。」

と言って私を慰めてくれました。

 

 彼女が出て行ったあと、わたしは、買ってきてもらった下着とパンストを身に着けました。知らない会社の応接室で、下着を穿き替えるのは、本当に変な気分でした。でも、乾いた木綿の下着の感触は柔らかくて気持ちが良く、わたしは少し落ち着きをとりもどしました。

着替えの終わったわたしは、まだ少し呆然としたまま廊下に出て、階段を降り、受付で大槻さんにお礼を言って、外に出ました。そのとき、

「新しい下着の代金をお支払いします。」

と言ったのですが、彼女は受け取ろうとしませんでした。

 

帰り道、さすがに楽天家の私も、このショックからは二、三ヶ月立ち直れそうにないなって思いました。

「こんなことは、他人に話して、笑い話にしたほうが立ち直りも早い。」

そう思ったわたしは、その夜、大学時代の友人の裕子に電話をして「面接でおしっこもらしちゃった事件」を彼女に話したわけです。それはそれで正解だったと思います。

 

翌日、大槻さんから電話があり、「今回はご縁がなかった」つまり「不採用」との通知がありました。当たり前ですよね。人前でお漏らしをする女性社員なんか最低、誰も必要ありませんものね。わたしは彼女に改めて前日のお詫びとお礼を言い、電話を切りました。

その数ヵ月後、わたしは事務機器会社に何とか就職できて、今もそこで働いています。

 

**

 

この話は、ここで終わる予定であったが、数日前、新たな展開があったので報告しておく。福富社長が逮捕されたのである。彼は衣料品のモデルに応募してきた若い女性を応接室で着替えさせ、それをビデオで隠し撮りしようとした。注意深いその女性が、隠しカメラを発見し警察に通報したことにより、事態は発覚した。社長とともに、従業員で愛人の大槻和子も、取調べ中ということである。また、警察は、現在社長の余罪を追及中であるとのことである。

 

<<戻る>>