ケース13:元ウェートレスの告白
何ですか、この封筒は。お話を聞かせていただくことに対するささやかなお礼、ですって。中を改めさせてもらっていいですか。まあ、こんなに沢山。失礼ですが、あなたも変な方ですね。女性のお漏らしに関する話を収集するために、全国あちこちに出かけておられるなんて。その上、こんなにお金まで使って。
場所は、この喫茶店です。あのレジの前辺り。あれから二年近く経つので、従業員はすっかり変わってしまって、今では誰も私を知っている人はいません。当時、たまたま店に居合わせたお客さんで、よっぽど記憶力の良い人がいれば別ですが。だから、今日は待ち合わせ場所にここを選んだんです。もう誰も忘れているから、大丈夫だろうって。それに、現場の方が、説明が分かりやすくていいかと思って。
あれから二年。今でも思い出しただけで、恥ずかしくって、顔から火が出る思いです。満員の喫茶店で、お客さんの目の前で、ウェートレスがおしっこを漏らしてしまったんですから。
そのときの格好ですか。制服は当時と変わっていません。あの娘たちが着ているように、薄いグレーのシャツに、黒い蝶ネクタイ、黒のタイトスカートです。
あの娘たちは早番で、朝の七時から夕方の四時まで働いているんです。その他に遅番があって、それは昼の十一時から閉店の午後八時までです。各々二人ずつで、途中で一時間、交代で休みをとるんです。
どうして、この店で働くようになったかって。当時、私は地元の短大を出たのですが、就職がなくって。父も失業中だったし、とにかく、自分が暮らしていく分だけは、稼がなくてはならなかったんです。もちろん、夜の仕事なら、もっと稼げたかもしれませんが。でも、二十歳から水商売に入ると、もう抜けられないような気がして。昼間の喫茶店なら、何となく健全なイメージでしょう。それで、学校に行かなくてもよくなった三月から、このお店で働き出したんです。
あれは、働き始めてから約二ヶ月、仕事にようやく慣れた、五月の末のことでした。この町には、五月の終わりに、「五十万石祭り」って言うお祭りがあるんです。その日はちょうどそのパレードの日でした。
普通の日なら、このお店、朝七時半ころから一度ピークがあるんです。出勤途中のサラリーマンや、これから仕事に向う営業マン、デパートの売り子さんなどが朝食に立ち寄るわけです。主に出るのはモーニングサービスです。それが十時前に終わって、しばらく静かになります。その後来るお客さんといえば、このビルに入っている会社の人が商談に来るとか、幼稚園に子供を送って行った後の若いお母さんたちがおしゃべりに来るとか。そんなもんです。
わたしたち、ウェートレスもその時間に一息つきます。厨房はその間、お昼のメニューの準備に忙しいわけですが。
そして、二度目のピークが昼の十二時から二時まで。このお店、お昼の定食もやっているでしょう。サラリーマンの方の昼休みって、時間が限られてるので、できるだけお客さんをお待たせしないようにってことで、厨房もホールもてんてこまいになります。二時頃やっと一息ついて、店の者も昼食を取って、早番は四時に退社というわけです。
でも、その日は勝手が違いました。午前十一時頃からこのビルの表の大通でパレードがあったので、その見物のために良い場所を確保しようという人が朝早くから街に出ていました。人通りが多く、何となく、街全体がざわついた感じでした。その上、十時ごろに雨が降り出したんです。ここは地下なんで、外の天気は分かりませんが、お客さんの折り畳み傘が開かれていて、それに水滴がついているので分かりました。
外に出ているときににわか雨が降り出したら、皆考えることは一緒ですよね。喫茶店にでも入って、雨宿りをしようって。それで、いつもなら一息つける十時頃に、急にお客さんが入りだしたんです。
お客さんは年配の女性が多かったのを覚えてます。年配の女性のお客さんって、商談のサラリーマンのようにコーヒーだけって方、まずおられません。たいていはケーキ、パフェ類を、五人いれば違ったものを五種類注文するんです。注文が割れると、ホールの私たちも、厨房も結構大変なんですよね。私ともうひとりのウェートレスの早苗ちゃんも、せっかちなおばさんたちに急かされるように、ホールの中を走り回っていました。
私は、そのとき、既におトイレのことが気になっていました。朝七時前にトイレに行ったきり。私、そんなに長く我慢できるたちじゃないんです。普通なら十時頃に一度トイレ休憩を取るんですけど。でも、その日は、
「早く注文取りに来てよ。」
「テーブルの上片付けてくれない。」
「お勘定いったいいくら待たせるの。」
「さっき注文したの、まだ来ないんだけど。」
そんな声に追いまくられて、私と同じように走り回っている早苗ちゃんを見ると、彼女に、
「お願い、ちょっとトイレに行ってくる」
って言い出せません。十一時まで我慢すれば、遅番の子たちが二人来るので、とにかく、そこまで何とか頑張ろうって思っていました。
雨が激しくなったのか、お客さんは増える一方。ドアを開けて入っては来たものの、席がなくてまた帰っていくお客さんがほとんどでした。
十一時前になって、とんでもないことが起こりました。突然、食べ物の注文が殺到しはじめたんです。それまで、紅茶とケーキって言っていたお客さんの一人が、スパゲティーとか注文すると、それに触発されたように、皆が一斉に食事の注文を始めました。
普通の日より一時間以上速い注文のピーク。それも、パフェ攻めで、ロクに昼食メニューの準備の出来ていない厨房にとってそれは応えました。普段なら十分で上がる注文が、二十分かかってもできてこないのです。スパゲティーだって、まだ茹でていなかったんですから。全然注文が上がってこないので、お客さんは怒り始めるし。
「ちょっと。どれだけ待たせるのよ。あんた。もうパレード始まっちゃうじゃないのさ。」
「おい、お勘定だ。」
「こっち、注文取りに来てよ。」
ヒステリックな声が私と早苗ちゃんに向って飛び交います。その間を、わたしたちは、
「すみません。」
「申し訳ございません。」
「只今参ります。」
なんて謝りながら走り回っていました。
十一時に遅番のふたりが加わっても、焼け石に水。何とか注文をこなし、パレードが始まったらしく、出て行くお客さんが増え、やっと一息、トイレに行けると思ったのもつかの間、十二時になり、昼休みに昼食をとりに来る近所の会社員の人たちがどっと入って来ました。それで、私たちは新たな注文取りと、水と食事を運ぶのに、今まで以上に走り回らなくてはならなくなりました。
十二時半。もう、おしっこが我慢の限界になりました。あそこがジーンと痛くなってきて、本当にやばい感じです。
私は早苗とすれ違うとき、
「お願い、おしっこもう我慢できない。悪いけど。ちょっとトイレに行ってくる。」
そう言って、私は小走りで玄関に向いました。玄関のレジの傍を通り過ぎようとしたときです。三つ揃えの背広を着た、三十代の体格の良い男性客が私の腕をつかみました。
「おい、さっきからここで待っているんだ。どれだけ待たせるつもりなんだ。勘定だ。」
と怒鳴ります。
「早苗、レジお願い。」
と叫んだものの、早苗は注文中のお客さんに捕まっている。他のふたりは厨房に行ったのか姿が見えない。
「すみません。ちょっと、あの。」
「姉ちゃん、休憩にいくならレジを済ませてからにしろよな。」
「いいえ、そうじゃないです。」
何とかそこまで会話をしたとき、激痛が腰から股にかけて走りました。わたしは思わず足の間に手を当てました。
「痛い!」
って私は叫んだことを覚えています。それとともに、出口をこじ開けるような感じがして、おしっこが出始めました。何とか止めようとしましたが、身体に力が入りません。おしっこは、黒いストッキングを伝わって、黒い大理石の床に落ち始めました。
男性客は最初、何のことか分からず、ぽかんとしていましたが、おしっこがじぶんの足元に流れてくるのを見て、慌てて飛びのきました。
「大変だ。このウェートレス、小便垂れやがった。」
そして、大声で叫びました。その声に驚いて店中の人たちがこちらを注目しました。しかし私はもうおしっこを止めることができません。私は衆目の中、失禁を続けたのでした。
早苗ちゃんが慌てて飛んできました。私は半分泣き顔で、早苗ちゃんに哀願するような目を向けました。早苗ちゃんは、
「早く、トイレへ行ってきな。ここは、あたいがなんとかするから。」
そう言いました。
「ごめん。」
私はそう言って、店を飛び出し、地下街の奥にあるトイレに駆け込みました。残ったおしっこを出し切ったあと、(もう余り出なかったんですけど)、着替えも何もないので、濡れた足やお尻や靴をトイレットペーパーで拭いただけ。私は濡れた下着をつけたまま、店に戻りました。本当は、休憩をもらって、外に出て、下着を買いたかったんですが、店はまだごった返していて、とてもそんなことを言い出す雰囲気ではありません。私はその後、二時間、濡れた下着を身につけたまま、お客さんの応対をしていました。顔は火照っているのに、お尻と下半身がとても寒くて、とても変な感じだったことを覚えています。
店長も、早苗ちゃんも、他の従業員も、その日、私には話しかけないと決めたみたいでした。注文を伝える以外、私も、彼らと話をしませんでした。
仕事時間が終わって、外に出たとき、もう下着はほとんど乾いていました。私はそのままバスに乗って家に戻り、お風呂場で下着を脱ぎ、シャワーを浴びました。
被害妄想って言うのでしょうか。翌日からしばらく、お客さんが特別な目で私を見ているような気がしてなりませんでした。でも、一週間、一ヶ月と過ぎるうちに、そんな気分も薄くなりました。また、翌日は、念のため生理用の厚手のナプキンをつけて仕事をしたのですが、あの部分が擦れて、歩きにくくって、すぐに取ってしまいました。
その年の夏、幸い今のクレジットカード会社に就職ができて、今もそこで働いています。忙しい喫茶店で、テキパキと仕事をこなしていく、段取りとフットワークは、今のお仕事でも結構役に立っているんですよね。
あーあ、話しちゃいました。初めて男の人にこんなことを。このお金は遠慮なくいただいときますが、お金は別にして、話してよかったと思います。何だか心がすっきりしました。では、これで失礼します。