ケース14:乾いた土の上で

 

 「カタン、カタン」、心臓の鼓動と呼応するように、乾いた音が聞こえる。遠くから聞こえくるようでもあり、私自身の体中で響いているようでもある。重いまぶたを押し上げて、薄く目を開けてみる。周囲は森の中のように、深い緑色。私はどこにいるのだろう。この「カタン、カタン」と言う音は何?この深い緑色は何?

 そのとき、波のように引いていた記憶が、また打ち寄せるようによみがえってきた。私は列車に乗っているんだ。エグモア駅から、ツリチッパリに向う寝台車に。「カタン、カタン」という音は、列車の車輪から響いてくる音。緑色の光は、寝台を覆う緑色のカーテンを透して漏れる、電灯の光だった。

 私は反射的に時計を見た。暗過ぎてデジタルの表示が見えない。時計に付いているライトのボタンを押す。「五、二、五」と言う数字が浮かび上がる。五時二十五分。いけない。私の降りるスリランガムに着くのは確か五時半。危うく寝過ごして、乗り越すところだった。私は跳ね起きた。緑色のカーテンを開ける。枕代わりにしていたリュックサックを掴んで梯子を降り、サンダルを履く。列車は既にスピードを緩め始めていた。まだふらつく頭を抱えて私がデッキに辿り着いたとき、夜明けの薄明るい光の中に、駅が近づいてくるのが、ドアの小さな窓越しに見えた。

 

 列車は駅に滑り込んだ。扉を手で押し開け、低いホームに下りる。辺りは夜明けの淡いブルーの光に包まれている。南インドと言えども、朝五時半の空気はひんやりとして、肌に心地が良い。昼間には、気温が四十度近くに上がるのだが。

 一緒に降りた数人のインド人と、線路を横切り、レンガ造りの駅舎に向う。建物はまだ閉まっているが、その横の通用門は開かれている。そこを通り抜けて私は外に出た。

 見慣れたインドの田舎町の風景がそこにあった。未舗装の埃っぽい道路。両側にはコンクリートブロックで無造作に建てられた家々。道路に突き出た草葺きの庇。その下には、ベッドが置かれ、まだ大勢の人間が寝入っている。インド人の朝は早い。それは、昼間の暑さのため、日中はどの町もゴーストタウン化するためなのだろうか。さすがに店は開いていないが、朝六時前と言うのに人通りが多い。オートと呼ばれる、オートバイを改造した黄色い三輪タクシーがすでに行き来している。

 私はこの町にある、有名なヒンズー寺院を見るために、チェンナイ(マドラス)から夜行列車でこの町にやってきた。大きな岩山を削り、掘りぬいて作られた寺院がこの町にはあるのだ。この町は、ヒンズーの世界では聖地のひとつである。列車で八時間、日本人の旅行者など、滅多に訪れる土地ではない。でも、インドの不思議な魅力にとり付かれて南インドを旅行している私にとっては、ぜひ見ておかなければならない場所のひとつなのだ。

 

 駅を出て通りに出たとき、私は真っ先にしなければならいことがあるのに気づいた。昨夜眠る前にトイレに行ったきり、用を足す暇もなく慌てて列車を降りたので、私の膀胱はもうパンパンの満タン。とりあえずどこかで急いで放出しないとやばい状態になっている。

インドを旅行していて、まともなトイレが見つかることはまずない。日本人の女性である私も、これまで、草むらや、空き地で用を足さなくてはいけない局面が何度もあった。特に、インドに着いて数日後、ひどい下痢をしたときは、何度人目につかないところで用を足したことか。

 そんな経験をして私も賢くなった。私の服装は、長袖のブラウスに、柔らかい生地の足首まである巻きスカート、それにサンダル履き。長袖の襟のあるブラウスは強い日光に対して絶対に必要だし、巻きスカートは、疲れてしゃがんでいるような格好で、お尻や恥ずかしいところを人目に曝すことなく排泄するのにとても都合が良い。

 欧米から来た若い旅行者の格好は、インドを旅行するには最悪。半そでのTシャツにジーンズ、それに編み上げの靴。半そでのTシャツから出る腕は水ぶくれができるくらい日に焼けている。ジーンズは暑くて、汗を含んで重くて動きにくい。靴の中は汗で異様な臭いがするし、サンダルがベター。それに女性の場合、ジーンズでは、仕切りもないトイレで、お尻や、旅で汚れた下着、最悪の場合恥ずかしい場所の毛までを、人前に曝さなくてはいけない。野原で用を足すときも同じ。「お尻丸出しスタイル」を余儀なくされてしまう。その点、長い巻きスカートは、日焼けから肌を守ってくれるし、涼しいし、何より簡単におしっこができるし、最高に便利なのだ。

 

 私は駅前を歩きながら、しゃがんで用を足せるようなところを探した。辺りには、朝の最初の太陽の光が差し始めていた。しばらく行くと、家と家の間に、幅二メートル奥行き四メートルくらいの木の塀で囲まれた空き地があった。私はそこへ入って行き、リュックサックを背中から下ろし、道路を背にしてしゃがんだ。その後少し腰を上げ、その間にスカートの中に手を入れる。ショーツを下げようとするのだが、それを待ちきれない最初の数滴がまさに出ようとしていた。

 そのとき、私は背後にかすかな音を聞いて振り向いた。塀の陰から、五、六人の男の子の黒い顔が覗いていた。六歳から十二歳くらいの子供だろうか。彼らは私を凝視している。私は、必死の思いで膀胱から溢れ出かかっていたおしっこを止め、立ち上がった。

「ゴー・アウェイ」

私は彼らに叫んだ。英語が分からないのか、それともそうしたくないのか、彼らはそこに立ったままだ。私は彼らが去ることを期待して、一分ほどそこで待っていた。まずいことに、その間に、更に数人の子供たちが加わって、その数が十人近くになってしまった。どの子も、黒くて、痩せていて、汚れたランニングシャツと半ズボンをはいている。サンダルを履いている子もいれば、素足の子もいる。

「プリーズ・ゴー・アウェイ」

私は再び叫んだが、もう、彼らが立ち去ることは期待していなかった。私の膀胱はもう一刻の猶予も許されない状態になっていた。一度気を緩めたのが悪かった。おしっこが出口をこじ開けて、噴出しようとしている。まずいことに、あそこがジーンと痛くて、私は動くことができない。

でも、こんな大勢の「見物人」の前で放尿するなんて、そんなこと、日本人女性として、とても恥ずかしくてできない。私は、必死の思いで、リュックサックを持ち上げ、それで前を隠すように歩き始めた。道路に出て、よたよたと歩き始める。男の子たちは私の後ろをぞろぞろと付いてくる。きっとどこまでも付いてくる気なんだろう。旅行者の私は格好の彼らの好奇心の対象なのだ。

 

とにかく、どこかの家でトイレを借りなければ。

 私は、塀のすぐ傍の家に向い、入り口の傍に置かれたベッドに起きるでもなく、寝るでもなく、ぼんやりたたずんでいる老人に声をかけた。枯れ木のような上半身は裸で、腰から下は白い布を巻いているだけである。

「キャナイ・ユーズ・ユア・トイレット」

私は叫ぶ。老人は一瞬ぽかんとした顔をした。その後、歯の数本しか無い口を開いて、何かを言った。英語が通じないのか、それとも耳が遠いのか。

「キャナイ・ユーズ・ユア・トイレット、プリーズ」

私は泣き声で叫んだ。老人はその私の切迫した表情に驚いたのか、慌てて家の中に飛び込んで行った。彼が中で家人に大声で叫んでいるのが聞こえる。ひょっとして、私は彼にとって初めて会う日本人女性かもしれない。その相手が大声で叫んでいるのだ。彼がパニックになるのも無理はない。

 そのとき、私はもう完全に限界に達した。私はその家の玄関を離れ、再び道路を数歩進んだ。何かあてがあったわけではないのだが。歩きださずにはいられなかった。

「ああ、もうだめ、出る。」

私は日本語で叫び、しゃがもうとして足を肩幅に開いた。でも、あそこの痛みに足が硬直して、しゃがむことさえできない。私は手に持っていたリュックサックを道路に投げ出すと。立ったまま、道のど真ん中でおしっこを始めてしまった。私にできたことは、慌ててスカートを腰までたくし上げることだけ。それによって私の下着が人目に曝されるのだが、スカートを濡らさないためにはそれ方法がない。おしっこは薄いショーツに激しく当たり、あるものはショーツの布を突き破るように、あるものは両側からはみ出すように、ボタボタと音を立てながら乾いた土の上に落ちた。地面に落ちたおしっこは、黄土色の土にあっという間に吸い込まれていった。

 後ろの方で、「ヒューッ」と言う声がした。振り向くと、男の子たちが、ある者は立ったまま、ある者はしゃがんで、私の失禁を見ていた。


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