ケース17:スキー場で
目を覚ますとクリーム色のカーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。その光線が、壁の大きな鏡に反射して眩しい。お俺は起き上がり、ベッドを抜け出し、カーテンの隙間を少し開けて、窓の外を眺めた。向かいの建物の屋根越しにスキー場のゲレンデが見える。雪の輝きが、強烈に俺の目を刺した。カーテンを閉めて、部屋の中に目を転じる。外の光に幻惑された目には、一瞬ではあるが部屋の中が真っ暗に感じられる。薄暗がりの中で、麻美が体を横にして、壁に向かって眠っているのが見える。彼女の身体は大部分がシーツに隠されていて、左腕と首筋しか見えない。しかし、そのシーツの起伏を見ただけで、麻美の肢体の素晴らしさが分かる。俺はまた少し欲情した。一瞬、シーツを捲り上げて、彼女の身体に覆いかぶさろうかと考える。しかし、俺は自制した。俺たちは今回、スキーをしにきたのだ。麻美の身体を見るたびに欲情して事に及んでいては、いつまでたってもゲレンデには繰り出せない。俺はベッドに戻ると、シーツから出ている麻美の二の腕を揺すった。
「起きろよ。いい天気だ。絶好のスキー日和だ。」
三十分後、俺と麻美は着替えて階下の食堂に下りて行った。食堂の半分くらいのテーブルは埋まっており、大部分の客は既にスキーウェアに着替えて飯を食っていた。麻美も俺も、まだ普通のセーターにズボンという格好である。俺は、向かいでトーストにベーコン、スクランブルドエッグという英国風の朝食を食べる麻美を眺めていた。丸顔だが、切れ長の目が可愛い。日本的な顔と言っていいだろう。ただ、少し尖った上唇が何かを求めているような印象を与え、男なら誰でも、そそられる顔だ。
彼女は同じ会社に勤めている。俺は営業だが、彼女は総務部総務課、玄関の受付に座っている。それだけ彼女の美貌を、会社が認めていることになるのだが。彼女とは夏から付き合い始めた。まず食事から始まり、数週間後には始めてホテルでセックスをした。しかし、ホテルで数時間過ごした後、自宅から通っている彼女は十二時までには家に帰ってしまう。よく考えてみると、彼女と一緒に朝を迎えるのは、今日が始めてなのだ。
食事の後、俺たちは部屋に戻り、スキーウェアに着替えた。スキーは初めてという言う麻美は、それまで着ていたセーターとスラックスをベッドの上に脱ぎ捨てると、白いタートルネックのアンダーシャツを上半身に身につけた。ぴったりとしたアンダーシャツの下の、クリッとした胸の膨らみが、またまた俺の下半身を刺激する。彼女はベージュのパンティの上に、パンストを履いて、その上に上下がつなぎの白いスキーウェアを身につけている。黄色いベルトをしめて、彼女の着替えは終わった。俺の選んでやった、白いスキーウェアは彼女によく似合っていた。
「白いウェアだと、雪の中に埋もれていても、春までだれも見つけてくれないわ。」
彼女は、買うときにそんな冗談で抵抗をしたが、俺は押し切った。俺は、下着でも、水着でも、白いものを身につけた女に対し、本能的に欲情する性格らしい。着替えた後、麻美は、鏡に向かい、口を少し尖らせたり、頬を膨らませたりしながら、顔に日焼け止めクリームを丹念に塗りこんでいた。
俺たちは、ホテルの地下にある、スキー置き場に行き、スキー靴に履き替え、板を抱えて外に出た。俺のスキーと靴は、昨日車で運び込んだのだが、彼女のスキーはホテルの向かいの貸しスキー屋で借りたものだった。麻美のスキー靴はオレンジ色で、白いウェアによく似合っている。
外に出ると、朝日があちこちに反射して眩しい。俺も麻美もサングラスをかけた。
「こんなに日差しが強いと、日焼けが怖いわ。」
麻美がそう言った。
「日焼けした女も健康的でいいけどな。」
俺はそう答えた。麻美はそのときはセクシーかも知れないけど、後で染みになるのが怖いと言った。
俺たちは二百メートルほど離れたリフト乗り場へ行った。初めてのスキー靴を履いて、麻美は歩きにくそうだった。
「スキー靴を履いていると、機動戦士ガンダムになった気分。」
彼女はそう言った。
まだ朝が早いので、車やバスで来る日帰りスキーヤーは到着しておらず、二人乗りのリフトは待たずに乗れた。俺はスキーを履いて、彼女はスキーの板を抱えてリフトに乗った。十分ほどでスキーはゲレンデの中間点に着いた。リフトは次々ともっと上まで続いているのだが、俺たちはそこで一旦ゲレンデに降りた。
ゲレンデの脇の平らな場所を選び、俺は麻美にスキーをつけさせた。そして、まったくの初心者の麻美に、まずスキーを八の字に開いて曲がることを教え始めた。俺が手本を示した後、
「よし、やってみろ。」
俺は振り返って麻美に言った。麻美は、ストックを後ろに押して、滑り始めた。
「よし、そこで、山側のスキーに体重を乗せる。」
俺は叫んだ。
「ねえ、山側ってどっちなのよ、右、それとも左。」
彼女は叫んだ。俺が返事をする暇もないうちに、麻美のスキーはどんどん加速していく。
「止めてっ。」
彼女はそう叫びながら一直線に谷に向かって滑っていく。俺は慌てて後を追う。追いつく直前で、彼女は雪煙を上げながら転んだ。怪我をしないかと、周囲が心配するような派手な転び方だった。
「おい、大丈夫か。」
そう言いながら、雪まみれの彼女を抱き起こすと、彼女は腕の中でニコリと笑った。
そんなアクシデントはあったものの、高校、短大時代はバレーボールの選手だったという麻美は、順調に俺の教えたことを吸収し、二時間後には、何とかカーブを切りながら、俺の後を付いて来られるようになった。俺たちは、リフトで更に上のゲレンデに登った。俺が先に滑り、下のほうで麻美を待っている。麻美が滑り降りてきて、微笑みながら親指を立ててOKのサインを出す。楽しいひと時だった。
十一時ごろになって、麻美の楽しそうな顔に少し翳りが現れ始めた。少し滑っては立ち止まり、ストックを持った両手を太もも間に挟んで、膝を合わせて、腰を上下させながら、眉間に皴を寄せている。
「どうしたんだ。具合でも悪いのか。」
俺は聞いた。麻美は、答えなくないという表情で、そのまま数秒黙って、上目遣いでこちらを見ていた。その後、思い切ったように言った。
「一番近いトイレはどこ。」
「なんだ、トイレに行きたいのか。そこの木の陰でやればいいじゃないか。」
俺が冗談めかして言うと、彼女は真剣な顔になり。
「そんなこと言う人嫌い。」
ときっぱりと言った。考えてみると、つなぎのウェアを着ている彼女は、お尻を出すために、上半身から脱がなければいけないのだ。おそらく、都会育ちの彼女は、これまでの二十数年の人生の中で、トイレ以外の場所で大便や小便をしたことがないのだろう。彼女にとって、戸外で排泄するなんてことは、考えられないことなのだ。
「最初にリフトを降りたところに山小屋があった。あそこにトイレがある。」
「お願い、早くそこまで連れてって。」
俺の先導で彼女はついてきたが、尿意で集中力を欠いた彼女は、何度も転んだ。俺は彼女を助け起こしてやったが、その度に、彼女の辛そうな表情に輪がかかった。
十五分ほどで、俺たちは今朝、最初にリフトを降りたところに戻った。しかし、辺りの様子は朝とは一変していた。日帰りのスキーヤーが続々と到着し始め、リフト乗り場、山小屋の周辺は朝のターミナル駅並に混雑していたのだ。
麻美はスキーを外そうとした。何度もストックの先でビンディングを押すが、焦っているからか、なかなか金具が外れない。俺が外してやる。彼女は、スキー靴を履きながら内股で歩くという曲芸に近い歩き方で、靴を雪にめりこませながら、転びそうになりながら、山小屋の「便所」と書いてある扉に向かって行った。
しかし、数十秒後、それまでかぶっていた毛糸の帽子を取った彼女が、髪の毛を振り乱しながら戻って来た。
「だめ、トイレが二つしかないのに三十人くらい並んでる。わたし、そんなに待てない。下まで行く。」
これまで、股間に手を当てることをしなかった彼女が、ここで初めて両手で前を押さえながら、下りのリフトに向かって走って行った。俺も慌てて、彼女のスキーとストックを抱えて、後を追う。幸い下りのリフトに行列はなかった。俺たちはすぐに二人乗りのリフトに飛び乗る。リフトの横に座っている麻美を見ると、下半身だけでなく、上半身唇までが震えている。汗が額に浮かんでいる。何を言っても彼女は返事をしない。顔を空に向け、目をつぶり、唇を震わせながら、祈るように何かをブツブツとつぶやいていた。麻美を可哀想だと思いながらも、俺は勃起していた。
リフトに乗っている時間は十五分足らずだが、麻美にはそれが何時間にも感じられたのだろう。リフトが降り場に着くと、麻美は飛び降り、下の道路へ向かって駆け出した。俺も急いで後を追う。しかし、二人分のスキーを両手に抱えているので、追いつけない。
リフトと道路を結ぶ通路は屋根がついていたが、その一部が凍っていた。その場所で彼女はスキー靴を滑らせ、ドスンと尻餅をついた。彼女はしばらく起き上がらない。俺はやっと追いつき、彼女の二の腕を掴んで立ち上がらせようとした。しかし、彼女は座り込んだまま立ち上がろうとしない。そのうち、彼女の目から涙が溢れた。そして、声を立てずに泣き出した。
俺はとっさに彼女の下半身に起きている出来事を理解できなかった。と言うのも、スキーウェアは厚く、防水なのだ。しかし、それにも限界があるようで、まもなく、お尻のあたりの雪が、薄い黄色に染まりだした。彼女はそこで座り込んだまま、泣きながら失禁を続けた。そのときの、麻美の顔は、無念の表情とでも言うのだろうか、それとも必死で自分の尊厳を保とうとする表情と言ったほうがいいかも知れない。その顔を見て、俺の下半身は限界まで硬くなっていた。
数分後、私の助けを借りてやっとのことで彼女は立ち上がった。白いスキーウェアの尻が、丸く薄黄色に染まっている。麻美は手の甲で涙を拭いた。そして、いつものように、きっぱりとした調子で言った。
「わたし、これからホテルに帰って、後始末をしてくる。でも、あなたは一緒に来ないで。一時間したら部屋に戻っていいけど。それまでは絶対部屋に入って来ちゃいや。」
そういい残すと、麻美は、道路に向かって急ぎ足で歩いていった。麻美の座り込んでいた場所は、雪がオレンジ色に染まっていた。
俺は仕方なくホテルに戻り、スキーを地下の置き場に戻した後、喫茶室で時間を潰した。麻美がどんな手順で、失禁の後始末をしているのか一瞬考えたが、また激しく勃起しそうなので、その考えを振り払った。しかし、麻美の心を考えると、さすが彼女のことが心配になり、一時間は待ちきれなくて、四十五分ほどしてから、ホテルの部屋に戻った。いくらスキーウェアなどという、たいそうなものを着てのお漏らしでも、その始末に四十五分はかからないと思ったからだ。部屋のドアをノックする。一度、二度、三度。しかし、ドアは開かないし、部屋の中に人の気配がない。俺はフロントに戻って尋ねた。
「お連れ様は外出なさいました。」
そう言いながらフロント係りは俺に部屋の鍵を渡した。俺はまた部屋に戻る。ドアを開けて中に入る。書き物机の鏡の前に、メモ用紙が置いてあった。
「わたしはもうスキーを楽しむことができません。バスと電車で先に戻ります。ごめんなさい。麻美」
メモ用紙にはそう書かれてあった。ワードローブの扉を開けても、麻美の荷物はなかった。俺はバスルームに入った。バスタブは濡れており使った跡があった。また、架かっている白いバスタオルも湿っていた。俺はバスルームにある、蓋のついたクリーム色の小さな汚物入れに目をやった。そして、かすかな期待とともに、その蓋を開いてみた。しかし、期待は裏切られた。汚れた下着は麻美が持ち去ったと見えて、箱の中は空だった。