ケース18:遠足

 

 

<千里の告白>

 

 時効ですって。羞恥に時効なんてありません。何年経っても恥ずかしいものは恥ずかしいんです。わたしって、もともと明るい性格なんですが、五年前のあの出来事を思い出すだけで、それだけで欝になりそう。

何のために、あなたはこんな話を集めておられるんですか。それにしても、どうしてわたしの噂があなたの耳に届いたんでしょうね。おそらく、同じ時期に教育実習に行ってた誰かが漏らしたんでしょう。そうなんでしょう。大体見当はつきます。

でも、わたしがあなたにお話をしようと決心したのは、お金のためではないんです。これだけははっきりしておきたいんです。何て言ったらいいかな、わたし自身、人に話すことによって、ふっきれると言うか、自分の気持ちの整理ができればいいなと思ったんです。でも、恥ずかしい。とっても。前置きが長すぎますか。では、かいつまんでお話しますね。

 わたしは東京の大学に行ってたんですが、大学四年の五月に、故郷のK市に戻って、母校の公立高校で教育実習をしました。それ自体は結構に楽しい思い出でした。母校の生徒たちは相変わらずバカで怠け者で、つまり、わたしの高校生だった時分から全然変わっていなかった。それでいて、お調子者で、人懐っこくて、愉快な連中でした。わたしは、自分が実習生という立場も忘れて、一緒に彼らと楽しく過ごしました。生徒たちは、わたしのことを「先生」なんて呼びません。「チサトちゃん」って呼ばれてました。

 実習最後の日、五月最後の金曜日はちょうど遠足でした。生徒たちは町外れのK寺の駐車場に集合して、そこから山の中のS湖に向かい、そこで弁当を食べて、反対側のA町に下り、そこから電車でK市に戻り、駅で解散というコースでした。K市は盆地ですから、町を外れるとすぐ山に入るんです。周りの山は杉の産地なのでで、杉林が広がっています。

わたしたち教育実習生十五人は、その前夜、打ち上げと称して、実習生のひとり、恵子のアパートに集まり、お酒を飲みました。わたしは明日で実習が終わる開放感からか、ついつい飲みすぎ、不覚にも恵子の部屋で眠ってしまい、翌日は恵子のアパートから集合場所に向かいました。ちょっと二日酔いで、身体がいつもと違うなって感じました。お弁当は、近くのコンビニで買いました。運動靴は持っていましたが、着ているものは昨日と同じ。白いブラウスに、グレーの短めのスカート、冷えるといけないので、恵子に黄色いカーディガンを借りましたけれど。それから小さなリュックも。

 恵子と一緒に、バスで集合場所のK寺の駐車場に着きました。曇り空で、少し肌寒い天気でした。今日は遠足ということで、制服着用は免除されているらしく、皆それぞれの格好で集まっています。女子生徒はみなジーンズかスラックスで、よく見ると、スカートを履いている女性はわたしだけ。そのとき、一瞬不安が胸をよぎりました。ムシの知らせっていうか。それも、腹のムシ。

 時間が来て、高校生たちは整列し、最初はアスファルトの道を、ぞろぞろと歩き始めました。わたしも恵子と並んで歩いていました。アスファルトに道が切れて、勾配のある山道にかかったあたりで、わたしのお腹がキュルキュルと鳴り始めました。恵子のアパートを出るとき、トイレは済ませてきたんですが、昨夜飲みすぎたのか、寝ているときにお腹を冷やしたのか、またトイレに行きたくなってきたんです。突然でしたが、かなり、激しい腹痛でした。えっ、「大」の方です。

わたしが、お腹を押さえて立ち止まったもので、恵子が心配して、わたしの顔を覗き込みました。

「ごめん、おトイレにいきたくなったの。矢沢先生に、後で追いつきますから、先に行っててくださいって言って。恵子も先に行ってていいから。」

わたしは後から来る生徒に道をあけると、できるだけ何でもない振りをしながら、彼らが通り過ぎるのを待ちました。実際、お腹のほうは切迫していて、最後の生徒が見えなくなると同時に、下着を下げて、道端にしゃがみこんだのです。でも、一瞬間に合わなくて、ショーツを汚してしまいました。着替えはもっていませんでした。わたしは汚れたショーツを、靴下や靴を汚さないように注意して脱ぎ、藪の中に捨てました。持っていたティッシュを全部使って、お尻を拭いた後、遠足の列を追いかけました。

そうです。おっしゃるとおりです。その時は、ミニスカートにノーパンです。S池について、お弁当を食べた後、女子生徒は「ハンカチ落し」なんかやっていましたが、もちろんわたしは参加しませんでした。

それから、どうなったって・・・

やっぱりだめ。これ以上はとてもお話できません。もう、堪忍してください。お金は要りません。いや。どうしても、もうこれ以上話したくありません。失礼します。

 

 

<恵子の告白>

 

千里は、遠足の途中「ウ〇コ」を漏らしたことを、自分で認めたんですか。よくやるよな。あなたもなかなかやるじゃん。その後どうなったかを知りたいの。千里には可哀そうなんだけど、彼女が自分で話したんだから、言っちゃっていいよね。

彼女は、十分ほどで、遠足の列に追いついてきたわ。笑顔で「大丈夫」って言ったけど、わたしには何かあってってすぐ分かった。笑顔が引きつっているし、歩き方が、急にぎこちなくなったんだもの。歩きながら、スカートの裾を、引っ張る動作を何回もするしね。

S池について、お弁当の後、ハンカチ落しをしたんだけど、千里はスカートはいてるからっていう理由でやらなかった。わたしは、彼女がパンツをはいてないってこともう分かってた。

帰り道は、もっと可哀想だった。A町へ降りる道は、下りだけどずっと険しくて、ところどころ手を突いて、滑り降りるようにしなくてはいけないところがあったの。千里は必死でスカートの裾を押さえながら、脚をできるだけ開けないようにしながら、下りていた。

一度、優子って生徒の前で、あそこを開陳してしまったらしくて、「お願い、誰にも言わないで」って、千里が懇願しているのを聞いた。女の子の前でよかったよね。男子生徒だったら、鼻血が止まらなくなっているところよ。

午後三時ごろに、A町に着いて、駅で整列して、K氏行きの電車に乗ったわけ。電車に乗るとすぐに、恵子が、

「わたし次で降りるから、それで、次の電車で行くから、先に行っててって、矢沢先生に言ってくれる。」

って言うの。よく見ると、顔色が全然良くない。

「気分が悪いなら、わたしも一緒に降りるわよ。」

そう言うと、千里は、

「いいの、ほんとにいいの。わたしだけで。」

って、哀願するように言うの。

電車が次の駅で停まったとき、千里は降りた。小さな駅で、降りたのは恵子だけだったように思う。電車が動き出したとき、一番後ろに乗っていたわたしはホームに立っている千里を見たの。そのとき、黄色いものが、彼女の足をつたって落ちているのを確かに見た。千里ったらまたやったのよ。大きいほうのおもらしを。それも、今度はパンツをはかないで。一体千里はその後どうするんだろうって。それで、すごく心配になったわ。電車に飛び込んだりしないだろうかって。

K市の駅で待っていると、千里は二本後の電車でやってきた。思っていたより元気そうでほっとした。思わず、ソックスと靴を見たけど、汚れている様子もなかったし。歩き方も普通だった。わたしは安心して、千里と一緒にバスに乗って帰ったの。

それでお終い。

 

 

<千里の告白>

 

おねがいです。もう堪忍してください。もう十分お聞きになったでしょ。

どうして、電車を降りたって。気分が悪くなっただけです。それだけです。目撃者がいるって、言うのですか。黄色いものを足から滴らせていたって。ひょっとして、恵子ですね。

もう、本当に堪忍してください。そうです、確かに、ホームでまた我慢が出来なくなって、もらしてしまいました。でも、仕方がなかったんです。あんな、みじめな気分って。本当に、世の中に神様なんているの、と思いました。

どうして始末をしたかって。そんなこと聞いてどうするんですか。でも、もう、どうでも良いです。何でもお話します。さっき、神様なんていないって言いましたが、実は地獄で仏様に会ったのです。

無人駅で、わたし以外誰も降りなかったので、死ぬほど恥ずかしいことを目撃されなかったことは不幸中の幸いでした。呆然として、駅から外に出て、どこかにトイレか水道がないかとあたりを見回しました。すると、駅のすぐ側の農家の庭先で、おばあさんが大根を洗っていました。わたしはそこへ駆け寄って、おばあさんに足を洗わせてくれるように頼みました。わたしの足を見て、おばあさんへ何が起こったか気が付いたようでしたが、何も言わず、わたしにホースを渡してくれました。そして、自分は何か口でもぞもぞ言いながら、勝手口から家の中に入っていきました。わたしはホースから出る冷たい水で、まず、足を洗い、それから、太ももとお尻も洗いました。

しばらくして、おばあさんがタオルと、何かを持って出てきました。何かは、白い木綿の靴下と、ショーツでした。おばあさんは、中学生の孫のものだけど、はけるだろうといいました。わたしは、タオルで下半身を拭き、縁側に腰掛けて、おばあさんの孫のショーツを穿く、靴下を履きました。洗いざらしのちょっとゴワゴワした下着でしたが、とても暖かく感じられました。おばあさんは、もう古いものだから、あんたにあげると言いました。わたしはおばあさんにお礼を言って、その家の門を出て、駅にもどり、次に来た電車に乗りました。

K市の駅に着くと、高校生はすでに解散した後でしたが、恵子が待っていてくれました。わたしは恵子にお礼を言って、彼女と一緒にバスで帰りました。

なのに、恵子ったら、なにもかもバラしてしまうなんて。友達として許せません。もう、お話することはありません。もう、二度とお会いしません。失礼します。

 

 

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