儀式

麗子の父、杉本栄作は、外車輸入代理店「杉本モータース」のオーナー社長、同族会社の創業者から数えて三代目である。「杉本モータース」は、不況時にも、上客を逃がさず、手堅い商売で売り上げを堅持してきた。栄作のひとり娘の麗子は、大学を卒業、四月から外資系の商社で働き始めることになっていた。
三月中旬のある日、大学の卒業式に出席し、帰宅した麗子を、父親は書斎に呼んだ。振袖を着たままの麗子がソファに座る。父親は立ったまま話を始める。
「卒業おめでとう。」
と栄作は切り出す。
「長々お世話になりました。しまった、これはお嫁入りの時の台詞だったっけ。」
栄作は苦笑しながらソファの向かい側に腰を下ろし、話を続ける。
「お前も四月からは社会人だ。実は、これまで黙っていたんだが、うちの家族は代々、ある『結社』に属している。戦後間もなく、祖父の代からだ。『結社』って言っても、何も怪しい組織じゃない。反社会的なことなんてしていない。その逆、慈善団体と言ってもいい。メンバーが、お互い助け合って、便宜を図りあって、お互いに繁栄していこうという集まり。私も私の会社も、これまでその『結社』のメンバーには世話になり、何かにつけ支えられてきた。もちろん、『ギブ・アンド・テイク』が原則だ。私も何度他のメンバーを助けたか知れない。」
父親は話を続ける。
「大学を出て、お前も社会人の仲間入りをするわけだが、それによって、家族が代々加入しているその『結社』のメンバーになる資格が出来た。メンバーは社会で重要な地位を占める、尊敬すべき人々ばかりだ。そんな人達との付き合いを持てることは、お前がこれから社会で暮らしていく上で、必ず大きな役に立つと思う。もし、お前がその気なら、一週間後にある、その会の総会に出席して、新メンバーとして紹介を受けられるようにしたいのだが。」
これまで、父の言いつけを素直に守るように仕付けられた麗子である。しかし、それ以上に、麗子はその秘密めいた「結社」なるものに興味を持った。彼女はその場で、メンバーになることも、総会に出席することも承知した。
次の日曜日、某ホテルで催される総会に、麗子は卒業式で着たのと同じ紫色の振袖で出かけた。数日前に送られてきた案内状には、「スラックスはご遠慮いただき、スカートまたはお着物でお越しください」との注意書きがあった。おそらく、「女性は女性らしく」と言うのが、その「結社」のモットーなのだろうと、麗子は想像した。
卒業式のシーズンも終わり、まだ結婚式のシーズンにも早い三月の末、振袖を着て電車に乗っている女性は麗子の他にはいない。麗子とその振袖の艶やかさに、他の乗客は一様に息を呑んでいる。
品川駅で電車を降り、道路の向かい側にある、総会の会場となるホテルに着く。不思議なことに、ホテルの玄関には、総会について何の案内もない。
「やはり『秘密結社』なんだわ。」
麗子はそう思いながら、案内状に従って、エレベータでホテルの三階へ上がる。廊下には、受付と思しきテーブルがあり、紫色のワンピースを着た中年女性が座っていた。そのフロアは、会議室、宴会場になっていたが、今日は他の催しがないのか、廊下はひっそりとしている。麗子はその中年女性に自分の名前を告げる。
「新しくメンバーになられる、杉本麗子様ですね。はい、承っております。お一人ずつメンバーの前で紹介させていただきますので、それまで控え室でお待ちいただくことになります。」
その女性は、背後のドアを開けて、部屋の中に向かって言った。
「弥生さん、お願いします。この方が、杉本麗子さん。杉本さん、こちら、今日、杉本さんのお世話係の浅茅弥生さんです。」
「杉本です、よろしくお願いいたします。」
麗子は頭を下げる。浅茅弥生は、ワインレッドのスーツを着て、白髪を染めていない、五十代の女性であった。彼女は麗子を「控え室」に案内する。
「あなた、本当にお綺麗ね。若くて、溌剌としてらして。うらやましいわ。」
その弥生と名乗る中年女性は歩きながら麗子に言った。
「控え室」は小会議室と言ったところか。テーブルと椅子、プロジェクターがあるだけ、麗子の他誰もいない。テーブルの上には、一リットル入りのミネラルウオーターのペットボトルと、ガラスのコップ、錠剤の入ったビンが置かれていた。
「麗子さん、これ緊張を取るお薬、今飲んでください。それと、そのお薬を飲んだら、水を飲まないとダメ。三十分後に迎えに来ますけど、それまでにこのお水、全部飲んでおいてくださいね。そして、私が来るまで、部屋を出ないで、ここにいてください。」
弥生はそう言い残すと部屋を出て行った。
麗子は、まず錠剤を一錠飲み、その後、時々咳き込みながら、何度か一リットルの水をグラスに注ぎ、十分ほどで飲み干した。
二十分ほどすると、麗子は次第に尿意を催してきた。しかし、言われたこと守る性格の彼女は、それを我慢して待つ。きっかり三十分後、弥生が現れた。
「麗子さん、これから他のメンバーにご紹介いたします。」
麗子の下半身の要求は、既にかなり逼迫していた。
「あの、すみません、先にお手洗いに・・・」
しかし、弥生は、
「もう少し我慢していただきます。」
と言って取り合わない。早足で歩く弥生を、尿意に堪える麗子が内股で追う。
弥生がドアを開けた。そこは一段と明るい場所であった。宴会場、低い舞台があり、舞台の背景に金屏風が立ち、照明が当たっている。舞台の下に目を向けると、百人前後の正装をした男女が、四列に並んだテーブルの両側に座っている。麗子と付き添い人は、その舞台の袖から入ってきたようであった。
舞台の上には、病院の診察室あるようなパーティションが一枚立っていた。そして、その横に妙な装置が。高さ三十センチ、一辺が一メートル弱の「コ」の字型の囲いのようなもの。その真ん中にタオルを敷いた、幅三十センチ、長さ五十センチ、深さ五センチくらいの、台所で使うようなホウロウのトレイが置かれている。囲いのすぐ外側には、食事を給仕するときに使う、キャスターの付いたワゴン。その上には、ティッシュペーパーの箱。お絞り、そしてブランデーグラスが数個並んでいる。
弥生に手を引かれて、麗子が舞台の中央に立つ。照明が眩しく顔に熱い。「観客席」から拍手が起こる。
「綺麗なお嬢さんだ。」
そんな声が聞こえる。尿意のため、思わず腰を引き、太ももをすり合わせたくなるが、麗子は何とか「気をつけ」の姿勢を保つ。司会者の男性によって、麗子の経歴が紹介される。
「こちらが、今回新たにメンバーになられる、杉本麗子さん。杉本モータースの社長、杉本栄作さんのご長女でおられます。本年、M大学国際学科を優秀な成績でご卒業・・・」
紹介が終わると、弥生は麗子をパーティションの後ろに連れて行った。そこは、「観客席」からは陰になり見えない場所である。麗子は激しい尿意のため、歩くのが困難になってきていた。
「お願いです、お手洗いに・・・」
と麗子が言い終わらないうちに、受付にいた、紫色のワンピースを着た、四十代の背の高い女性も加り、「作業」が始まった。
中年の女性ふたりは、テキパキと麗子の着物の裾を端折り始めた。着物の裾を捲り上げ、落ちないように襟元にクリップで留めている。まず、振袖、長襦袢、そして裾よけまでが、同じように、捲り上げられ、襟元で止められた。それらは、麗子の腰の周りで、ちょうど、ホオズキのような形にまとめられた。スポーツで鍛えられた筋肉質で長い足が、太股の上部から露わになった。その太股と膝は尿意に耐えるために、強く閉じられている。
弥生は、更に麗子のパンティーに手を掛けた。それまで、されるままになっていた麗子だが、ここで初めて抵抗をする。驚いて下着を手で押さえ、
「いや、やめてください。何をするんですか。」
と叫ぶ。
「あなた、これからやること、知らないんですか。」
弥生は呆れたと言った顔で麗子を見る。麗子は、その時初めて、「儀式」が何であるかを知った。
麗子は弥生に片手を取られ、もうひとつの手で握った白いハンカチで前を押さえながら舞台の中央に進み出る。ハンカチは恥ずかしいところを隠すためと、今にも出そうな尿を抑え込むためである。
「観客」と向かい合うように、トレイをまたいでしゃがむ。同時に、もうひとりの介添え役の女性が端折った着物の後ろを帯のところまで更に持ち上げる。白い尻が剥きだしになる。
思わず前のめりになり左手を床に付く麗子。
囲いは「コ」の字型、後ろが開いている。後ろからは尻と陰部が丸見えになるところであるが、幸い後ろには誰もいない。前にある衝立が、辛うじて「観客」の目から大事な部分を隠してくれている。しかし、顔を隠すことはできない。
ブランデーグラスが渡される。それに尿を採れということらしい。
「グラスが一杯になった後も、全部出し切ってしまってくださいね。」
弥生が耳元でささやく。左手を床についたまま、右手のブランデーグラスを後ろから、尻の割れ目に沿って差し入れる。BGMの音量が上がる。排尿時の音が「観客席」に聞こえないようする配慮らしい。
尿意と羞恥で麗子の顔が歪む。大勢の人間の視線が、自分の顔に集中しているのが痛い。麗子は涙を流しながら下腹の力を抜こうと努力する。便秘の後、最初の塊が出るときのような痛みが走り、麗子は一度ブルッと身震いをする。
小便が滴り始め、次第に一本の線となる。小便は最初、麗子の手と指を濡らすだけであったが、彼女は何度かブランデーグラスの位置を調整し、小便をブランデーグラスに満たすことができた。グラスを持つ手を尻から離した後も、麗子はしばらくタオルを敷いたトレイの中に放尿を続けた。
「終わりましたか。では、グラスをいただきます。」
満杯になったブランデーグラスを付き添いの弥生に渡す。そのとき、満杯だったグラスから、水滴が床に零れ落ちた。
グラスと引き換えに、お絞りが渡され、麗子は、しゃがんだままそれで濡れた手と股間をぬぐい、最後に床に落ちた水滴を拭き取った。
「立ってください。」
と言われて立ち上がる。いつしか襟元のクリップがはずされ、立つと同時に、着物と下着が再び下半身を覆った。麗子は後ずさりをし、浅茅弥生に手をとられて再び先ほど紹介を受けた場所に立つ。
「杉本麗子さんの聖水拝受の儀式を行います。」
司会者の声に合わせて、出席者は一斉に立ち上がる。ブランデーグラスの中身が四つの別のブランデーグラスに分けられる。それがテーブルの前から後ろまで、順に巡っていく。そして出席者は順に麗子の尿を口に含んだ。
ブランデーグラスが最後尾の人物にまで達すると、司会者が口を開く。
「杉本さん、有難うございました。後方のドアよりご退場ください。」
麗子は、舞台から短い階段を降り、出席者の間を通り抜け、舞台と反対側の出入り口へ向かう。出席者は皆一様に彼女に拍手を送っている。彼女は視線を落としたまま、ドアに向かって歩く。
厚いドアを押して廊下に出る。部屋の外には誰もいない。麗子は再び激しい尿意に襲われていた。二、三歩進んだ後、麗子は諦めた。
「いやっ、間に合わない。」
今度は自分から着物と下着をたくし上げ、足袋と草履が濡れるのもかまわず、麗子は立ったまま放尿した。パンティーは先ほど脱がされたままである。尿は厚い絨毯にすぐに吸い込まれていく。幸い廊下には人影はない。
着物の裾を直した後も、しばらく麗子は、放心状態で廊下に立ち尽くしていた。
その時、麗子の出てきた扉が開いた。ベージュ色のパンツスーツを着た、髪の短い女性が現れる。麗子と同年くらいの若い女性、麗子と同じく美形である。その娘は、必死の形相で股間を押さえている。
「あの子も、きっと『新しいメンバー』、利尿剤と水を飲まされて、ステージでの『儀式』を済ませてきたんだわ。」
若い女性は半分泣きながら、廊下を走り、次の角に消えた。そこにトイレがあるのだと麗子は知った。
「彼女ったら、スラックスなんか履いてきて。スカートか着物って書いてあったのに。あの子、どんな格好で舞台で『やった』のかしら。その後、どんな格好で、スラックスを履いたのかしら。」
麗子はボンヤリとした頭で考えた。
「そして、あの人たち、今日だけで何人のおしっこを飲むのかしら。」
***
この場面から、多くの方が、「フリーメイソン」を想像されるかも知れないが、フリーメイソンには、このような「聖水拝受」の儀式はない。同団体の名誉のため、念のためここに記しておく。
