カーテンコール

菅原理沙は、XX音楽大学大学院ピアノ科を来年三月に修了予定の、若手ピアニストである。大学時代から、その卓越した技術、表現力も去ることながら、松たか子似の容貌で、人気が高い。彼女は、秋から予選の始まった、OOクラシック音楽コンクールのピアノ部門に出場。地区予選、地区本選を勝ち抜いて十二月の本選へ出場を決めていた。そして、優勝候補の一人に挙げられている。
本選の当日、十二月二十八日の午後、東京都##区民ホールの楽屋で、彼女は他の出場者と一緒に出番を待っていた。彼女は黒い膝上までのレース地のワンピース姿、ロングドレスでの出場が多い女性演奏者の中で、短いスカートの彼女は少し目立っていた。黒い柄の入ったストッキングに包まれた膝が、ワンピースの裾から覗いている。
彼女の弾く曲は、フランツ・リストの「パガニーニによる超絶技巧練習曲」、彼女は本選出場の十人の中で、最後から二番目に演奏することになった。控え室には、舞台の音声が低いボリュームで流されていた。それが部屋の緊張感を一層掻き立てる。これから演奏する者も、既に演奏を終えた者も、共に押し黙っている。
本番に強いと自分では確信している菅原理沙も、さすがに緊張は隠せない。本番前、緊張感のため、尿意、便意を感じる演奏者が多いという。出番の十五分前、尿意を感じた彼女は、トイレに向かう。しかし、楽屋にひとつしかない女性用トイレは使用中。彼女は五分ほどその前で待っていたが、中の人間は篭ったきり、出てくる気配がない。観客用のトイレに行こうかと考えたとき、背後から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「第九番、菅原理沙さん、用意してください。」
その声で我に返った彼女は、意を決して舞台の袖へと向かう。
いよいよ彼女の番、尿意はかなり強くなっているが、彼女はそんな素振りも見せずに舞台に上がる。拍手が彼女を迎える。
演奏が始まる。理沙は常々、ピアノの演奏は自分との戦いであると思っていた。その日は、プラス迫り来る尿意との戦いでもあった。汗を滴らせ、髪を振り乱し、時には涙を浮かべ、苦悶の表情さえ浮かべながらの熱演。聴衆はそれに酔った。
演奏が終わった理沙は拍手と歓声の中にいた。立って拍手をしている人さえいる。我に返った彼女は、尿意が耐え難いものになっていることに気付いた。
拍手を贈る聴衆に向かって、片手でピアノに寄りかかるように礼をし、尿意に耐えながら何とか舞台の袖まで戻る。拍手は鳴り止まない。トイレへ向かって走ろうとした彼女の両肩を、主催者側の男性係員が後ろから軽くつかんだ。
「菅原さん、カーテンコールです。もう一度舞台に戻ってください。」
係員は彼女をクルリと百八十度回転させた。
彼女は、再び舞台の中央にあるピアノに向かって歩き出した。腰が引け、股を硬く閉じて、膝から下だけで歩く奇妙な歩き方で。しかし、演奏を終え、緊張とアドレナリンが切れた彼女は、もはや自らの下半身をコントロールできなくなっていた。
それは実にストレートな失禁であった。彼女が舞台の袖とピアノのちょうど真ん中で立ち止まる。五秒ほどして、彼女の黒いストッキングが濡れ始め、バシャバシャと音を立てて、彼女の尻から水が滴り落ちた。彼女は、手で顔を覆うこともなく、下半身に手を添えることもなく、手を横に下ろし、前を注視したまま立ち尽くし、失禁している。三十秒ほど続いた放尿が止まった後、彼女の股間からは、湯気が立ち上っている。
拍手はいつしか止まっていた。事態の重大さに気付いた主催者側の男性は、自分の小便の中に立ち尽くす彼女を舞台の袖に連れ帰る。一分後に、モップとバケツを持った二人の係員が現れ、舞台に出来た水溜りは拭き取られた。
その後、五分遅れで、最後の演奏者が舞台に立った。
審査結果の発表。第一位は予想通り、菅原理沙であった。
表彰式、彼女は再び舞台に立つ。聴衆全員の目が彼女の下半身に集まった。皆が彼女は今回「生足」であることを知る。彼女がパンストを脱いだことを知った誰もが、ということは、ひょっとして、その下もと、想像を巡らせている。その真偽は、数分後に分かることになるのであるが。
審査委員長より、彼女にクリスタルグラス製の盾が授与された。彼女はまだ呆然自失という様子、顔が凍りついたよう、表情がない。そして足元もおぼつかない。
「あっ、危ない。」
数人が同時に叫んだ。舞台の袖に戻る途中、彼女はテレビ局のカメラマンが垂らしたケーブルに片足を引っ掛けた。前のめりになりながら、本能的に両手でガラスの盾を庇う。その結果、彼女はお尻を突き出し、足を開いた形で倒れこんだ。ワンピースの裾がめくれ上がり、彼女の白い尻が聴衆に(それはもう観衆に変わっていたが)に向かって剥き出しになった。それだけではない。薄茶色の肛門、その前の複雑で大切な部分、そして股間から覗く薄いヘアが、最前列の観客に披露された。
優勝者の菅原理沙は、その後のパーティーと記者会見を、「気分が優れない」との理由で欠席した。
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翌日の大衆紙、スポーツ新聞は珍しく、クラシック音楽の話題を取り上げた。そのひとつ、夕刊@@の記事である。
「美人ピアニスト、二度ならず三度に及ぶパーフォーマンス:
昨日、##区民ホールで開かれた、第二十五回OO音楽コンクール本選会の聴衆は、優勝した美人ピアニスト菅原理沙さん(XX大学大学院、二十四歳)の三度に及ぶ『パーフォーマンス』に酔った。まず、菅原さんは、演奏でリストの難曲を大熱演、聴衆を魅了した。次にカーテンコールの際には、舞台の上で放尿パーフォーマンス。最後は、優勝者として登場した表彰式の席上では転倒。ノーパンの下半身を『特出し』するという、ストリッパー並みの大サービス。素晴らしい演奏だけではなく、思わぬお色気パーフォーマンスに、特に男性の聴衆は大喜びだった。
最前列に座っていた、横田躁さん(二十二歳、学生)の話:菅原さんの演奏もすごかったけど、お尻の穴も、あそこも、オケケもすごく綺麗だったです。大ファンになりました。これからも頑張って、世界に向かって羽ばたいてもらいたいと思います。菅原さんの演奏会、これからも必ず行きたいと思います。」
