書道教室

 

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 僕は小学校二年から高校三年まで、生まれた町で書道教室に通っていた。教室は、一心寺と言うお寺の本堂で、毎週日曜日午前九時から十一時半まで開かれていた。師範はそのお寺の住職でもある、中島耕石先生。

最近「書道ガールズ」などの映画も公開されて、書道がブームになっているようだが、当時も、書道は結構ポピュラーな習い事だった。僕の住んでいた町では、まだ学習塾というものは一般的でなく、小中学生の放課後の活動のベストスリーは、ピアノ、ソロバン、書道だった。

 どうして僕が書道を始めたのか、それがさっぱり記憶にない。しかし、僕は、白と黒の世界、やり直しの利かない一発勝負の世界が好きになり、大学に通うために故郷を離れるまで、その書道教室に通っていた。

 日曜日の朝九時などという、高校生にとって起きているのさえ不思議な時間に、喜んで書道塾に通っていたのには、実はもうひとつの理由があった。その書道教室に、「気になる」女の子がいたからだ。

 当時、高校生より上の弟子は、師範、中島耕石先生のお手伝いとして、準備、小さな子の世話、それに後片付けを手伝うことになっていた。僕と他の数人の、その「お手伝いチーム」の中に、小林姉妹がいた。ふたりともなかなかの美人、姉が祥子、妹は圭子という名前だった。祥子は短大生。圭子は高校生、学年は僕よりひとつ下だった。祥子も圭子も、僕と同じく、小学生の頃から書道を習っていた。

 祥子は丸顔で長い髪、胸やお尻もよく発達していた。薄く化粧をしていて、いつも生理中のようなアンニュイな顔をしていた。圭子は髪が短く、細身でボーイッシュなイメージ。デビューのころの広末涼子にちょっと似ている、シャイで無口な娘だった。僕は妹の圭子の方に、興味と好意を持っていた。

 面白いことに、姉の祥子は丸い肉感のある字を書き、妹の圭子は鋭いメリハリのある字、つまり、ふたりの身体つきをそのまま表したような字を書いていた。

 

 中学生までは机に座って半紙に字を書いていたが、高校生以上になると、条幅と言って、畳を縦に半分に切ったくらいの大きさの紙にも書くようになる。条幅は机では書けない。床に大きな下敷きを敷いて、その上にしゃがむか、両膝と片手をついて、つまり這いつくばって書くのだ。

 ボーイッシュな体型の圭子だが、ジーンズとかショートパンツを履いて来たのを見たことがない。大抵は短めのスカート。条幅を書いている彼女のパンティーを、よく拝見させてもらった。書くことに熱中しているせいか、彼女が自分のスカートの裾やその中身を、全然気にしていないように思われた。

 夏になると、圭子は胸が開いたワンピースをよく着てきた。その姿で紙の上で犬のような姿勢を取る。当然、胸のところから、中が覗けるわけだ。ブラジャーだけではなく、時には胸元からヘソやパンティーまでが覗けた。ある日、圭子がノーブラだったことがある。僕は、彼女が細い身体に似合わず、ネーブルオレンジのような丸い胸を持っていることを知った。

 夏が近づき、彼女が薄着になると、僕は、条幅を書く際、わざと圭子の向かい側に下敷きを敷いて、時々顔を上げては、圭子の胸元を覗き込みながら、作品を書いていた。今考えると、よくそんな状況で創作できたものだと思う。

 当時、女の子は皆、何故かすごく浅い、ビキニのパンティーを履いていた。ある時など、その小さな下着の上から顔を出している、数本の陰毛まで見えた。さすがに、そうなると、もう心が落ち着かなくて、書道どころではなくなってくる。

 そのころ僕は同じ高校に付き合っている女の子がいた。しかし、圭子の夢もよく見たものだ。また、男子高校生の「日課」であるオナニーの際にも、必ず圭子のことを思い浮かべていた。

 

 僕が高校二年生の年、六月のある日曜日、梅雨空で肌寒い天気だった。僕と圭子、それと数人の高校生と大学生の弟子が集まり、中島耕石先生に書き終わった条幅の批評をしてもらっていた。書き終わった作品を、押しピンで本堂の壁に代わる代わる留め、師範が感想を述べていく。圭子はその日、白地に赤い花の模様の、肩のところにリボンの付いたノースリーブのワンピースを着ていた。一番年下の彼女が、作品を壁に留める係りをしていた。

 僕は、短いワンピースから出た、彼女の素足が、時々震えて、ステップを踏んでいるに気付いた。

「きっと、おしっこがしたいんや。」

 

 師範の批評が終わると同時に、僕は本堂の脇にある便所にダッシュした。僕たち弟子が使える便所はひとつしかない。木の引き戸を開けて中に入り、内側から掛け金を掛けた。三十秒ほどして、便所の戸を開けようとする者がいる。圭子に違いなかった。彼女は何度か戸を開けようと試みたが、結局諦めたようだった。その後一分ほどして、僕は外へ出てみた。

 本堂の縁側に圭子が立っているのが見えた。彼女の足元には水溜りが出来ていて、足には水の流れた後があった。彼女は、「呆然」と言う態で、立ち尽くしている。

「えらいこっちゃ、雑巾取ってくる。」

僕は本堂に向かって駆け出そうとした。我に返った圭子が叫ぶ。

「待って、淡木くん。お願いやから、誰にも言わんといて。」

「分かった、誰にも言わへん。」

一分後、僕は、小学生たちが零した墨を拭き取るためにいつも用意してある、雑巾と水の入ったバケツを持って戻って来た。圭子は手に小さな白い物を握っている。状況からして、それは彼女が今脱いだ下着以外には考えられない。

 僕が雑巾を絞って水溜りを拭こうとすると、

「やめて。わたし、自分でするし、淡木くん、もう戻って。」

と圭子は言った。僕は本堂へ戻った。

 

 教室の後片付けを済ませて寺を出ると、門のところで圭子が待っていた。

「淡木くん、ありがとう。絶対に誰にも言わんといてね。」

僕は、その「ありがとう」を聞いたとき、さすがに自責の念にかられた。

「あれ、小林さん、傘持ってへんの。一緒に入っていかへん。」

僕は圭子を傘に誘った。彼女が今ノーパンであることを考えると、それだけで胸がドキドキした。

「今日はいい。」

そう言って、圭子は、雨の中、寺の前の石畳の上を、駆け出していった。

 

***

 

 僕は、その後、二十年間、今日まで、圭子との約束を守った。故郷の町には年に一、二度帰るが、大学に入って以来、圭子には会っていない。しかし、今でも時々圭子の夢を見る。

 

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