お色直し

 

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  十一月のある日曜日の午後、K市のRホテルでは、 結婚披露宴が開かれている。新婦、島村渚は三十歳。出版社勤務、ある作家の出版記念パーティーで出会った広告代理店勤務の岡部慎吾と、一年余の交際の後ゴールインした。

 渚は、正面のテーブルに、ビスチェタイプ、つまり肩紐のないウェディングドレスを着て座っている。胸のあまり大きくない渚は、肩出しのドレスでは胸が覗けて見えそうで、最初気が進まなかった。しかし、新郎の慎吾の趣味で結局そうなってしまった。

 これも新郎の好みで「キセキ」の流れる中(このカップル、新婦の方が大人で、新郎がミーハーなのである)、新郎新婦の入場、ふたりのプロファイルの紹介、主賓の祝辞、乾杯と進み、食事が開始された。食事が一段落したところで、友人と、上司のスピーチが始まる。

 そろそろ式が始まってから二時間経つ。花嫁の渚は尿意を催し始めていた。渚は元々トイレの近い方。しかも今日は肩から腕を露出した格好である。渚は小声で、後ろに立っていた、式場専属の介添え役、折尾由香里に相談する。由香里は、五十代半ば、訪問着を着て立っている。

「折尾さん、すみません、ちょっと。あの、マジでおトイレに行きたくなっちゃったんですけど。」

由香里は時計を見る。

「後五分したら、お色直しですから、そのときに急いで行きましょう。」

渚は式の真ん中で、ウェディングドレスから、ワインレッドのカクテルドレスに着替えることになっていた。

 最後に指名された、新郎の直属の上司のスピーチが続く。

「・・・でありますから、我が社といたしましても、東南アジアや、中国の新興会社にマーケティングのターゲットを絞り・・・」

「ああ、もうだめ、漏れそう、あの馬鹿オヤジ、何を勘違いして、関係ないことを独りでダラダラ喋ってんだ。」

渚はそれから十五分近く待たされる。

 やっとスピーチが終わり、お色直しのために新婦の退場。付添い人に手を引かれて、宴会場の外へ出たとたん、渚は走りだす。

「すみません、もう本当にやばいんです。」

「もう少しの辛抱よ。ロビーを横切ったところがお手洗いですから。頑張って。」

由香里は渚の手を取って先導する。小太りの由香里は息を切らせている。ロビーに差し掛かる。

「もう少しの我慢よ、トイレに入ったら、私が、ドレスの裾を持ち上げて、下着も下ろしますので、そのまま直ぐにおしっこが出来ますからね。」

 ロビーの人ごみを縫うように二人は急ぐ。渚は片手にブーケを持ち、片手を由香里に握られているので、ドレスの裾を持ち上げられない。

 ロビーの真ん中で、渚は自分のドレスの前の裾を踏みつけた。小走りで勢いが付いていたので、飛び込みのように身体が前に飛び出す、しかしドレスの裾は踏んづけられている。つまりドレスは渚のジャンプに付いて来られない。その結果、上半身が肩紐なしのドレスから迫り出す形になってしまった。 渚はしたたか肘を床に打ちつける。

「痛あ。」

何とか上半身を起こした渚。

「きゃあ。」

乳房が露出している自分の姿に気が付いて、痛みも忘れて、慌てて両手で胸を隠す。

 しかし、その衝撃で下半身も大変なことになりつつあった。我慢していた小便が漏れ始めたのである。

「い、いやだ。」

しかし、漏れた小便の大部分は、今のところ、ドレスとその下にあるパエニに吸い取られているよう。ふたりの周りに人だかりがし始める。

「すみません、見ないであげてください。」

由香里が叫び、渚を助け起こそうとする。

「すみません、おしっこの方、ちょっと出てしまいました。」

泣き顔の渚は小声で由香里に告げる。渚が立ち上がると同時に、ドレスの裾から小便が床に滴り落ちた。

「ご、ごめんなさい。」

と由香里に言い、渚は出来るだけ早くその場を立ち去ろうとした。その時、

「わあ、このお嫁さん、おしっこ垂れてる。」

小さな女の子が叫んだ。一度渚から離れかけた周囲の人々の視線が、今度は渚の下半身に集まる。裾から水が垂れているだけでなく、純白のドレスの前の方に、明らかに薄いクリーム色の染みができ始めていた。

 由香里はドレスの上半身を引っ張り上げ、胸を隠そうとする。しかし、無理な力がかかって、ホックが壊れたのか、ドレスは胸のところで止まらないでずり落ちてしまう。

「仕方がない、このまま控え室に行きましょう。おトイレの方も。控え室には和服の花嫁さんのためのポータブル便器がありますから。」

 渚は片手で胸を押さえながら、片手でドレスの裾を持ち上げて歩き出す。ドレスの裾からは、まだボタボタと水滴が滴っている。ふたりは、今度は控え室に向かう。

「すみません、見ないであげてください。」

由香里のカン高い声は逆効果のように思えた。ロビーにいる全員の目が渚に集まっている。しかし、片手で胸を隠し、片手でスカートを手繰っている渚は、顔を隠すことさえできない。

 

 二十分後、新婦はワインレッドのカクテルドレスで再び披露宴の会場に現れる。表情には明らかな疲労感が、そして目には涙が見て取れる。出席者はそれを、緊張と感激のためであると考えた。しかし、その涙は、勝気な渚の悔し涙であった。

 彼女の新しい生活への第一歩は、ウェディングドレスを着て、公衆の面前で失禁という、とんでもない屈辱で始まってしまったのであった。

 

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***

 

結婚式の途中、ウェディングドレスを着てのトイレは花嫁にとって最大の問題であるらしい。以下に、「相談サイト」の問と回答の一例を紹介する。

 

(問)

 

披露宴の途中、ウェディングドレスを着用中、トイレに行きたくなったらどうすればよいのでしょう?
会場のトイレは一つしかなくかなり狭いトイレでした…。はっきり言ってパニエをはずしても入れないくらいの小さいトイレでした。
トイレのことまで考えて会場探しをすれば良かったと今更ながら自責の念です。
大人用おむつをつけていくしかないでしょうか?

 

(回答その一)

 

ウェディングドレスを着たままでトイレは可能だと思いますよ。自分の胸あたりまでおもいっきりまくりあげて、すその全てを前にもってきてドレスをギューっと圧縮して抱きしめるような感じで用を足しています。
どのくらい狭いのか分かりませんがこれなら洋式に限らず和式も可能です♪
すごい格好になりますが誰もみていないので大丈夫です(^^;

 

(回答その二)

 

介添えがあれば着たままでトイレはできると思います。私の場合、母に付き添ってもらいました。レースがかなり多いドレスだったので、母にすそを持ってもらい、かなり哀れな格好で用を足さなければなりませんでした。私が利用したホテルは横のトイレを私専用にしてくれたので、心置きなく使うことができました。

 

(回答その三)

 

私のドレスは裾を引きずるタイプではなかったのですが、マーメイドラインのとてもタイトなドレスだったのでたくしあげられず、WCの中で全部脱がないといけませんでした。誰も見ていないとはいえ、情けなさを感じました。背中はファスナーではなく小さなボタンでなかなか手が届かず苦労し、ひとつとれてしまいました。着た後も全部ボタンが止められず、たまたまWCに入って来た友人にはめてもらいました。その後飲み物は控えました。

 

(回答その四)

 

漫画家けらえいこさんの「たたかうお嫁さま」という作品で、披露宴が終わってからトイレに駆け込み、介添えさんにスカートをまくってもらい、戸が閉まらなくて排尿中を友人に見られた…というエピソードを読んだことがあります。

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