漆かぶれ

九月二日、十一時二十五分:
萱嶋さつき(二十九歳独身、楽器販売会社「東京楽器商会」池袋支店勤務)は、今回グランドピアノを購入することになった、埼玉県XX市OO公園にある客の家を辞した。客がピアノを、特にグランドピアノを購入した場合は、納品の前にその場所を訪問し、搬入の際の経路と段取りを決めるのが普通である。配達先がマンションの場合など、たまに問題が出るが、今回のように一戸建ての家の場合は殆ど問題がない。三十分ほどの打ち合わせの後、さつきは客の家を出た。
さつきは客の家に入る前から、尿意を感じていた。話が一段落したとき、トイレを借りたいと伝え、家人にトイレまで連れて行かれたが、あいにく使用中。結局、尿意を感じたまま外に出た。
しかしさつきが無理にでもトイレを借りなかったのは、彼女なりに「成算」があったから。OO公園駅までの道の片側は、文字通り「OO公園」で、大部分が野原と雑木林である。
「いざとなったら草叢に隠れて済ませればいいわ。」
彼女はそう考え、歩き出した。
十一時三十七分:
歩き始めて約十分、案の定尿意が逼迫してきた。駅まで持たないと感じたさつきは、道端の雑木林の中に入る。彼女は、白地に花柄プリントの結構タイトなワンピースに白いエナメルのベルトという格好。まずワンピースの裾から手を入れ、パンストとショーツを膝まで下げる。その後、ワンピースの裾を引き上げ、尻を最低限露出させると、完全にはしゃがみこまず、中腰の姿勢で用を足し始めた。勢い良く放たれた小便が下の草に当たり、カサカサと音を立てている。
突然前の道に、犬を連れた中年の男性が近づいてくるのが見えた。咄嗟に身体を沈めるさつき。その拍子に尻と局部、ワンピースの裾を押さえている右手が、下の草に触れた。
十一時四十二分:
用を済ませて再び駅に向かって歩き出したさつきは、数分後、痒みと痛みを、局部と右手の甲に感じ始めた。右手を見ると、甲が筋状に赤く腫れてきている。先程雑木林の草むらにしゃがみこんだ時、手と局部に触れた植物が、漆のようなかぶれをもたらすものであったことを、さつきは知った。
十一時四十七分:
局部の痒みは耐え難いものになってくる。しかし、タイトなワンピースであるため、服の上から掻くことはできない。裾をたくし上げて手を差し込まなければならない。しかし、駅に近づき、人通りが増してきている今、とてもそんなことはできない。彼女は、よろめくような足取りで歩を進める。
十一時五十三分:
OO公園駅前にたどりついたさつきは、駅の横の小公園の中にある植え込みを見つける。そこの前に立ち、辺りに人がいないことを確認し、ワンピースの裾から手を入れて、局部を掻く。最初はパンストとショーツの上から掻いていたが、そのうち下着の中に手を入れる。余りの痒さと、掻くことの心地よさにさつきは一瞬我を忘れ、その作業に没頭した。
同時刻:
岡崎翔太、二十三歳は、駅前の歩道橋の上でカメラを構えていた。鉄道ファンの翔太は、横を通る電車の写真を撮っていたのであった。彼は、小公園の植え込みの前で、ワンピースをたくし上げ、下着の中に前から手を入れて、恍惚の表情を浮かべる若い女性を発見する。彼は愛機ニコンD九十に装着した三百ミリのズームレンズの倍率を上げ、その女性を連写する。彼は全部で二十五枚の写真を撮った。
十二時一分:
さつきは痒みと痛みに耐えながら、池袋行きの電車に乗る。彼女は駅のトイレでパンストを脱ぎ、ワンピースの上から少しでも効果的に掻けるようにしいていた。席が空いているが座らず、ドアに向かって立った彼女は、何度かワンピースの裾を気にするふりをして、その中に手を入れて下着の上から局部を掻いた。
十二時四十七分:
さつきは都心にある会社に戻る。彼女は小さな水ぶくれの出来た手を、店長の佐伯道雄に見せた。
「 岡島さんちの近く、木が多くて。そこで何か漆みたいな植物に触ったんだと思います。痒くて仕方がないんです。ちょっと医者に行って来ていいですか。」
そう言うさつきの足は、痒みの余り、細かいステップを踏んでいた。佐伯は直ぐにオーケーを出し、一番若い従業員、石井卓也に叫ぶ。
「石井くん、萱嶋さん、ちょっと具合が悪くて医者に行かなければいけないんだ。きみ、昼から店でお客さんの相手をしてくれる。」
「いいっすよ。」
「じゃ、石井君、悪いけどお願いね。」
そんな会話の後、さつきは店を出て、三軒隣で開業する、雨宮クリニックに向かった。
十三時五十三分:
雨宮クリニックの待合室で、痒みと痛みで脂汗を流しながら待つさつきに、看護婦から声が掛かる。
「萱嶋さつきさん、どうぞ。」
雨宮聖一は三十代の医師である。なかなかイケメンと辺りでは評判になっている。さつきは近いからと言って、男性医師の所に来てしまったことを一瞬後悔した。しかし、今更、別の医者に行くわけにはいかない。
「どうされました。」
雨宮医師が尋ねる。
「何か植物にかぶれたようで、痒みと痛みがひどいんです。」
さつきは右手の甲を見せた。
「なるほど、こりゃ辛いでしょう。ステロイド剤が効きますので、今塗っておきますね。二、三時間で、痒みは治まると思います。」
「あの、かぶれたの、ここだけじゃないんです・・・」
「どこですか、足もですか。」
さつきは真っ赤になりながら言った。
「お尻・・・なんですけど。」
雨宮医師は、
「おい、森田くん。」
と看護婦を呼ぶ。医師は森田と呼ばれた若い看護婦に小声で指示をしている。
看護婦は、さつきを部屋の隅のパーティションの陰へと連れて行った。
「萱嶋さん、すみません、下に履いておられるものを下げて見せていただけますか。」
さつきは、ワンピースをたくし上げ、ショーツを下げ、立ったまま少し股を開いて、恥ずかしい部分を看護婦に見せた。看護婦は出て行き、医師と小声で話をしている。看護婦が言う。
「萱嶋さん、すみません、パンティーを脱いでから、もう一度こちらへおいでください。」
さつきはショーツを脱いだ。診察室のベッドの上に仰向けに寝かされる。
「失礼します。」
そう言って看護婦がワンピースを腰のところまでめくり、さつきの尻を少し持ち上げ、その下にタオルを敷いた。
医師が言う。
「足を開いて、膝を両腕で抱えていただけますか。」
これほど恥ずかしい格好はないという姿で、さつきは両足をM字に開き、股間を曝した。
「だいぶ、掻かれましたね。ちょっと出血しています。今、消毒して、ステロイド薬を塗りますので。ちょっと沁みるかも知れませんが。我慢してくださいね。」
医師は、薄い手袋をはめた指で脱脂綿を握り、さつきの尻の消毒を始める。
「そのままにしていてください。」
「シィー。」
冷たい消毒液が塗られたとき、さつきの閉じた歯の間から、思わず声が漏れた。
医師も看護婦も、なぜそのような場所がかぶれたのかについては何も聞かなかった。おそらく、野原でセックスをしたのだとでも思っているのだろう。そう思うと、さつきは悔しくて堪らない。
「わたしはそんな女じゃない。」
さつきは、尿意を我慢できず、所かまわず小便をしてしまった自分が情けなくなった。
「抗ヒスタミン財を注射しておきます。毒が中和されて、かなり楽になるはずです。もし、明日も腫れや痒みや引かないようでしたら、おいでください。」
医師はそう言った。
十五時ちょうど:
さつきは職場に戻る。先程医者でさせられた、屈辱的な格好を考えると、彼女はもう仕事を続ける気力がなかった。さつきは店長の佐伯に早退する旨を伝え、電車に乗り、家に向かった。医者が言ったように、痒みと痛みは急速に治まりつつあった。
十六時十四分:
岡崎翔太は家に帰り、撮ってきた写真をデジタルカメラからパソコンにアップロードする。歩道橋を降りてから、彼は自分の撮った写真を早く大きな画面で見たくてウズウズしていたのだ。
果たして、OO公園前で撮った写真は、彼の「生涯の傑作」とも言えるものであった。駅前の植え込みの前に膝を少し曲げて立つ美形の女性。年齢は二十代の後半だろうか。少女と大人の女の魅力がミックスした、なかなかの女性。彼女は白いワンピースの裾をベルトの位置までたくし上げ、右手を、パンストとショーツの下に入れていた。顔は天を仰ぎ、眉間にしわを寄せた、まさに恍惚の表情を浮かべている。
彼は、その写真をモニターに写したまま、一度オナニーをした。そして、その後、画像掲示板にその中の一枚をアップロードした。
アップロードの前に、彼は細い線をその女性の目の上に入れた。しかし、どっちみち目はほとんどつぶっているので、その女性の顔の特徴や表情は十分に分かる。「OO公園駅前で、白昼立ったままオナニーに耽る美女」というタイトルで彼は投稿した。
二十一時十四分:
帰宅した石井卓也は、パソコンのスイッチを入れる。メールをチェックした後、いつものようにアダルト画像掲示板に入り、何か「おかず」になる写真がないか物色する。
彼は一枚の写真を見つけて、目を見張った。
「OO公園駅前で、白昼立ったままオナニーに耽る美女」
目の上に線が入っているが、その髪型、その他の顔の特徴、着ている花柄の入った白いワンピースから、それが同僚の萱嶋さつきであることは疑う余地もない。それも、今日撮られたものらしかった。
「へえ、こりゃ参った。あのお高く留まった萱嶋さつきが駅前でオナニーだってよ。」
彼は愕然とした、同時に彼の下半身は充血を始めていた。写真の主を身近に知っているだけに、写真は彼にとって、他のものより十倍、いや百倍刺激的であった。彼は、さつきの写真を「おかず」、自身も、手首を使った代替行為に耽った。
手を洗った後、石井は店長の佐伯と、さつき本人以外の全員の社員に(女性社員はさつきひとりであった)その写真のアドレスをコピーしたメールを送った。
***
九月三日、九時二十五分:
東京楽器商会池袋支店では、毎週金曜日の午前中、開店前に報告会議がある。会議室には、店長の佐伯を除く男性社員六人が既に集まっていた。そこへさつきが入ってくる。薬が効いたのであろう、局部の痒みはほとんど気にならなくなっていた。
「おはようございます。」
さつきはいつものように快活に挨拶をする。彼女の入来を予想していたとは言え、他の社員はさつきを見て、一瞬言葉を失った。
「キミタチ、どうしたのよ、皆で私の顔を見て。ボーッとしてないで仕事しましょ。石井君、あなた佐伯店長を呼んできてくれる。」
「はい。」
石井はいつもになくニヤニヤした表情で、さつきの言葉に従った。そのニヤニヤ笑いは、他の男性社員の間にも広まった。さつきは、
「えっ、どうして。」
という顔をして彼らを見つめる。
そこへ店長の佐伯と石井が入ってきて、報告会議が始まった。
