涙のミスコンテスト

 

 

わたしの住む北陸のOO県では毎年、「ミス五十万石」と「ミス友禅」を選ぶコンテストがあります。わたしは今年、その「田舎のミスコン」に応募しました。自分で言うのも何ですが、地元の短大を卒業した後、エアロビクスのインストラクターをしているわたしは、容姿にはそれなりの自信がありました。

「みりかちゃん、一度『ミス五十万石』を受けてみたら。」

「みりかさんなら、絶対に良い所まで行くわよ。」

「わたしの亭主が商工会議所にいるから、あんたが出るなら、よろしく言っとくわよ。」

エアロビクスの生徒さんであるおばさまたちも、そう言ってくれるし。

わたしは、おばさまが言うような「良い所」では満足できません。目標はズバリ「優勝」。応募してから二週間ほど経ったある日、わたしは主催者のOO県商工会議所からの手紙を受け取りました。そこには、わたしが書類審査を通り、本選会に進むことになったと書かれてありました。当然でしょう。本選会では、着物審査、イブニングドレス審査、水着審査があるそうです。でも、着る物は全部主催者が用意してくれるので、何も持っていかなくていいんですって。

五月の末の、忘れもしないあの日曜日、わたしは昼から本選会のある、OO県OO市公会堂へ行きました。控え室に入ると、書類選考を残った、二十人の「ファイナリスト」が集まっていました。控え室には、テーブルが並んでおり、その上に鏡が置いてあります。壁際には二十人分のイブニングドレスと、色とりどりの振袖がずらっと掛けられていました。

「うわぁ、ゴージャス。」

まずはライバルをチェック。

「これなら勝てる。」

わたしは密かに自信を深めました。「ファイナリスト」と言えば聞こえが良いけれど、何せ小さな県のこと、応募者は百人もいたのかどうなのか。余りにも「ひどい」のは除いて、選ばれたのがこの二十人なんでしょうね。わたしは、小柄でそれほどグラマーではないし、胸も大きい方でもないけど、スポーツで鍛えているもん、身体は誰よりも締まっていると思う。「健康美」という点では、ピカ一だと自分では思っています。事実、お腹の周りにお肉がついている人が多くて、ウェストの「くびれ」ではわたしに勝てる子はいないようでした。

 

最初の着物審査に向けて、着付けが始まりました。友禅染の振袖は、地元の友禅協会からの借り物なんですって。まず、髪をアップにします。そして、四人の着付け専門の女の人が、手際よく着付けをしていきます。裾よけだけを着けて、自分の順番を待つんです。手際が良いのと、いきなり長襦袢で下着を着けないものですから、ひとり当たり十分くらいで着付けされていきました。

午後四時、いよいよ本選が始まります。最初の着物審査、ちょっとドキドキ。わたしの番号は十五番。番号順に並んで、控え室を出て、舞台に向かいます。舞台は地元の公会堂なんですけど、大ホールではなくて中ホールなのね。でも、三百人くらいの人が見に来ていました。最前列に審査員が並んでいます。商工会議所のエライさんや、県庁の職員だという話。でも、中年の男ばっかりなんです。それもいかにも「ヒヒ親爺的な」。

わたしたちが舞台に登場すると、

「ほう」

と言うため息とも、歓声ともつかない声が客席を満たしました。ライトが明るく舞台を照らして、暑いくらいです。自分たちが見られているって、ちょっと良い気分。自尊心をくすぐられると言うか。舞台には、高さ五十センチぐらいの白い雛壇が置かれていました。全部で五段、一段に四人ずつが立つわけです。段を上るのとき、着物の裾があるので、足が上げ辛らかったです。

全員が壇の上に乗ると、簡単な紹介のあと、マイクが順番に回され、審査員の質問に答えていきます。質問は、

「県外の方に紹介する、OO県の魅力を三つ挙げてください。」

「和服を着ているとき、何に特別注意をしますか。」

「長所、短所を両方交えて自己PRをしてください。」

「ミスになったら、どんな活動がしたいですか。」

なんてもの。平凡。オリジナリティーのかけらも感じられないでしょ。しかも、全部、わたしが「想定」してきた質問なんです。準備してきたから、答えはすらすらと出ます。それに、立ち方、歩き方、お辞儀の仕方、話し方、自然な笑顔の作り方、この辺りもぬかりなく練習してきましたから。

 

次はイブニングドレス審査です。控え室で、着付けの方に、

「次の水着審査のとき、下着の跡がつくとみっともないから、下着はつけないで。」

と言われました。

「えっ、大丈夫ですか。」

「大丈夫、スカートは長いし、パエニも入っているし、分かりませんよ。」

確かにその通り。白いハイヒールを履くんですけど、これがずいぶん高いんです。再び舞台に向かいます。高いハイヒール、歩くだけでも大変なのに、壇を登るのはとっても大変。おまけに長いドレスの裾を踏みそうになるし。そして、またつまらない質問が繰り返されます。「顔見世」が終って段を降りとき、とんでもないことが起きました。

わたしが下まで降りたとき、後ろでゴトッと音がしたんです。一番最後に降りることになっていた辺見麻吏江さんが、四段目から滑り落ちて来るじゃないですか。しかも四段目の角にスカートの裾がひっかけたまま。つまり、スカートを残して、下半身だけが滑り落ちるような形なんです。分かりますか。彼女が地上に着地したとき、ちょうど前から見ると「M字開脚」の形になりました。つまり、下着を着けていない下半身が、何て言いますか、観客席に向けて「丸出し」になったんです。フラッシュがパチパチ光り、シャッターの音が激しくします。

辺見さんはお尻を打ったらしくしばらく立ち上がれません。

「痛ぁい。」

次の瞬間、状況を悟った辺見さんの顔が、苦痛から羞恥に変わりました。

「きゃあ」

彼女は、あわてて膝を閉じ、手で股間を隠したんですけど、遅すぎ。何枚写真を撮られたんでしょうね。わたしは彼女に手を貸して、立たせてあげました。お尻を擦りながら控え室に戻る間、彼女はずっと泣いていました。

「もういやです、こんなこと、したくありません。」

控え室に戻ると、辺見さんはそう言って、泣きながら私服に着替えて帰って行ってしまいました。残ったメンバーの間には、何となく暗い雰囲気が広がりました。わたしは、大柄で色白、見栄えのする辺見さんを最大のライバルと考えていたんです。ライバルが減ることは嬉しいんですけど、事情を考えると、彼女の気持ちを思うと、とても素直に喜べませんでした。

 

さて、「問題の」水着審査の番です。水着は主催者側で用意されると聞いていました。でも、振袖やドレスは最初から控え室に置いてあったのに、水着だけがどこにもなかったのです。わたしは不思議に思っていました。テーブルに戻ると、ビニールの袋に入れたピンクの水着が置いてあります。ワンピースではなくビキニ、

「そういうことだったのね。おそらく大胆なやつなんでしょう。それで、そんなビキニに恐れをなして、帰ってしまう子がいないように、最初から渡さなかったんだ。」

わたしたちの殆どがそう思いました。渡された水着をビニール袋から出しました。その結果、事態はもっと「深刻」なのが分かったんです。Tバック。それも後ろの部分は、太さ一センチに満たない「紐」なんです。

「誰がこんなこと考えたのよ。」

「すけべな親爺の考えそうなことだわ。」

「嫌よ。こんなの。」

皆が口々にそんなことを言いました。しかし、ここまで来たら、覚悟を決めるしかありません。これを身につけるしかないわけですから。

わたしは恐る恐る着てみました。何か、ガバガバする気がするんです。サイズを調べてみると何と「L」。小柄なわたしに渡されたのはかなり大きいサイズでした。他の皆は、身体に合った水着をもらっているし、わたしだけ、何か手違いがあったのに違いありません。ブラは何とかなるにしても、下が心配。しかし、伸縮性の強い素材だったので、何とか腰骨で止まりました。これでまずは安心。

わたしは、元々毛深いほうでもないけど、昨夜お風呂でしっかりビキニラインのお手入れはしてきていました。

「いやだ、毛がはみ出しちゃう。」

「ちょっとぉ、ヘアが見えないか、チェックしてくれない。」

アンダーヘアの処理をして来なかった子、毛深い子はパニックになっています。

「わたし、シェービングクリームとシェーバーを持ってきた。」

「わたし、毛抜きを持ってるわ。」

お互いに持っているものを融通し合って、数人が椅子の上に鏡を置き、下半身裸で、そこに大きく開いた自分の股を映しながら、毛を抜いたり、剃刀で剃ったりし始めました。

「おぞ〜。」

それは、とても他人には見せられない光景でした。

何とか、むだ毛の処理が終って、ひとり減って十九人になったわたしたちはまた並んで舞台に向かいます。お尻を出して歩くというのは、たとえ同性の前でも恥ずかしいものですね。お相撲さんは恥ずかしくないのかしら。

「前を向いている限りは、水着は普通のビキニと一緒よ。」

と、わたしは自分に言い聞かせました。要は、後ろを向かなければよいのです。しかし、わたしたちには大きな「試練」が待ち構えていました。

「うわぁ、この格好で壇に登らないといけない。」

お尻をプリプリとさせながら、十九人の若い女性が、エッチラオッチラ後ろ向きに壇を登ってくのは、壮観と言えば壮観でした。一段とシャッターの音とフラッシュの光が激しくなるんです。先に登る数人を見て、愕然としました。

「お尻の穴が丸見えじゃん。」

本当に大事な部分は、何とか布が覆っているんですが、お尻の穴の辺りは、もう紐になっているんです。皆がお尻の穴を観客に披露しながらの壇に上がっていきます。わたしは、もうお尻の穴は見えても仕方がないと諦めることにしました。

「その代わり、前のもっと大切な部分だけは絶対に守り抜くわ。」

わたしは自分に誓いました。

「ひぇ〜。」

前を登る大野政美さんの股間から、生理用品の紐が垂れ下がってきています。何とか水着の中に納めていたものがが、歩くうちに出てきてしまったんでしょうね。わたしは一段上にいる大野さんに耳打ちしました。

「大野さん、紐。」

「えっ。」

「タンポンの紐よ、出てるわよ。」

「ぎゃっ。」

大野さんは、慌てて紐を水着の中に押し込もうとしている。しかし、布の幅が狭いし、皆の見ている前なので、その「作業」は結構大変そう。わたしも注意、注意。ときどき下り気味になる水着を引っ張り上げることに余念がありませんでした。

 

「さて、いよいよ優勝者の発表です。」

会場が静まります。

「佐原みりかさん。」

「やったあ、わたしが優勝。」

壇を降りたわたしは、たすきを掛けてもらい、大きなトロフィーを受け取りました。ところが、このトロフィーが重くて、両手でないと持てないんです。

「おっとぉ、両手がふさがるのは、ちょっとやばいんだけど。」

だって、水着を引っ張り上げられないじゃいないですか。トロフィーを受け取り、方向を変えたとたん、水着が少しずり落ちた感じがしました。

「やばい、ひょっとしたら、股と水着の間に隙間ができちゃったかも。」

慌てて下を見ましたが、トロフィーが邪魔になって自分の足が見えません。冷や汗が流れ落ちます。でも、顔は精一杯笑顔を浮かべようと努力。わたしはできるだけ内股で退場しました。

舞台の袖で、トロフィーを下ろし、下半身を見ると、水着は五センチほど落ちて、つまり、股と水着との間に五センチの空間ができていた。

「いやん、ひょっとしたら、あそこの毛や大事なところを見られたかも。」

わたしは、うれしさと心配の入り混じった気持ちで家に戻りました。

翌日、わたしは、朝早く地方紙の「OO新聞」が配達されるのを待って、郵便受けから新聞を取り、その場で慌てて開けました。

「健康美の佐原さんがミス五十万石に」

の見出しでトロフィーを持ったわたしの写真が大きく載っています。

「ああ、よかった。」

写真は上半身だけ、幸い下半身は写っていませんでした。わたしは安心の余り、その場に座り込みたくなりました。

 

 

***

 

佐原みりかさんには大変気の毒だが、写真が掲載されたのは新聞だけではなかった。辺見麻吏江さんによる大陰唇、小陰唇の「特出し」、並びに大野政美さんがタンポンの紐を水着に押し込んでいるシーン(そこには、中身も少し覗いていた)それに、佐原みりかさん陰唇と陰毛が写った写真はその日のうちにウェッブサイトにアップされた。また、十九人の出場者全員の肛門の写真も。そして、そのサイトの存在は、ツイッターであっと言う間に広がり、サイトへのアクセスはその日のうちに一万回を超えたのであった。

 

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